2013年

8月

06日

31)草枕: 夏目漱石

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

8月

04日

30)考えるヒント3: 小林秀雄

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

8月

04日

29)博士の愛した数式: 小川洋子

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

7月

19日

28)雪国: 川端康成

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

7月

19日

27)オー・ヘンリー短編集

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

7月

19日

26)風車小屋だより: アルフォンス・ドーデ

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

7月

17日

25)空海の風景: 司馬遼太郎

(この稿、今月中に書きます)

 

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2013年

7月

17日

24)北の山: 伊藤秀五郎

紀行文から1冊です。ふつうの旅行の本の方がよかったかも知れません。


読んでいてうらやましくなる本です。山の中でアイヌの人と会う話とか、北千島の山に登ったときの話しとか、駅逓の話しとかいろいろと出てきます。ただし、この本の中にある、いろいろなことの、ほとんどすべてが無理です。本を読むことでしか味わえない世界というわけです。


学生時代の僕の下宿の壁には、得撫島の5万分の1の地図が貼ってありました。5万分の1ですので、得撫島だとほとんど壁全面の大きな地図となります。千島列島が好きだったのは、伊藤秀五郎のこの本を読んだからです。まだ大学紛争の名残りがわずかに残っていた時代でしたので、大学の食堂で食べていると、いろいろと政治的な勧誘もあり、そういうタイプではないのですが、話しはいろいろと聞かされてました(避けるのがむずかしかったということもあります)。共産党が千島全島の返還を求めているということを知ったのも、そういう勧誘の中でのことで、この点でのみ共産党は今も頼もしい存在でしょう。


当時の僕は、千島列島の全部の島の名前を知っていました。しかし、勧誘してきた学生は、北千島の島の名前をきちんと知らなくて、だから、占守島がどんな島だとか、新知島とがどこにあるとかも、もちろん、知らないわけです。日本の国土というからには、きちんと知らないといけないですよね、ということで、ちょっと話しが長くなったことを覚えています。

 

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2013年

7月

17日

23)中原中也(別冊太陽 日本のこころ 146)

『 汚れっちまった悲しみに
  今日も小雪の降りかかる

 

  汚れっちまった悲しみに
  今日も風さえ吹きすぎる 』

  
中原中也のこの詩をはじめて読んだのは、僕の場合、たぶん少年マガジンの中の短編だったと思います。そういう意味で、詩集そのものでなくて、別冊太陽もいいのではと思った次第です。


 中原中也はエッセイもいいです。たとえば、「我が生活」とかどうでしょう。『 若々しい言ひ方が許して貰へるなら、私はその当時、宇宙を知つてゐたのである。』若々しい言ひ方が許して貰へるなら、というフレーズは、これまでだいぶまねをしました。

 

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2013年

7月

17日

22)石川啄木(別冊太陽 日本のこころ 195)

たぶん、短歌は、文字だけで読んで鑑賞するのが本来だと思いますが、投稿7)、投稿12)と同じ理由で、ピュアな歌集ではなく、別冊太陽を選びました。最近は、きれいな写真をバックにして、文章を少し添える本も多いわけですが(多くの場合、雑誌ですが)、それはそれでいいのかも知れません。石川啄木の歌は、もっと以前にどこかで出会っているはずでしょうから、もう一度、写真付きで、厳選された歌だけを、読んでみるというわけです。いろいろと読みやすく、知らなかったいい歌があるかも知れません。同じように、万葉集も、別冊太陽本がおすすめということになるかもです。


石川啄木は短歌で有名なわけですが、エッセイもよくて、石川啄木が好きな人は、エッセイも読めばと思います。石川啄木の立派な全集が、ブックオフで1冊105円で売られているのを見たときは、少しショックでもありました。こんな貴重な文章が105円かと思いました。石川啄木もレトロでしょうか。


『 さいはての駅に下り立ち 雪あかり さびしき町にあゆみ入りにき 』
『 白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ 』
『 曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよし そこ過ぎてゐるしづかなる径 』
『 葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を行きし人あり 』

『 天の海に 雲の波立ち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ 』
別作者のをついでに4つ付け加えました。

 

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2013年

7月

17日

21)山の人生: 柳田国男

民俗学は好きです。だから、その創始者である柳田国男も好きです。中世の山の民、山を漂泊して暮らす人々、木地師やマタギや山師がいつもぼんやりと自分の興味に中にありました。山を漂泊するということ、そういうことに多少の憧れもあって、現代では非現実なわけですが、それを柳田国男の物語が補ってくれていました。


遠野物語でなく、山の人生を挙げたのは、よりはっきりしているからです。それに序文が強烈だからです。本稿では3件のコメントが先に入っていましたが、簡単に書くと以上のような理由です。コメントでは子供を殺す話、とありますが、子供が殺してくれという話ではないでしょうか。だるんとした世の中にこういう序文の柳田国男はいかがでしょう。


柳田国男の文章は、たぶん、ゆっくりと何度も読むのがいいかも知れません。山の人生とは全く違って、もっと自然科学よりの文章も、たとえば、「峠に関する二、三の考察」なんかもどうでしょう。面白いです。こちらをあげてもよかったのですが、峠の話しはあまりに明解すぎて想像の余地がないかもと思ってしまいました。

 

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2013年

7月

17日

20)風立ちぬ: 堀辰雄

 『 私達がずっと後になってね、今の私達の生活を思い出すようなことがあったら、
それがどんなに美しいだろうと思っていたんだ。』


未来に起こり得るセンチメンタリズムをいま想像するという、センチメンタリズムです。メルヘンです。僕はたまに「美しい」という単語を使いますが、風立ちぬの中に出てくる「美しい」をまねしている場合があります。


レトロな本かも知れないと思うのは、こういうメルヘンはもうあまり好まれていないと思うからです。立原道造の詩集がもうあまり読まれていないのと同じです。歌でこのレトロさを表現するとすれば、森田童子(もりたどうじ)です。男のくせに泣いてくれた、みたいな感じです。森田童子は誰も知らないと思いますが、吉田拓郎や井上陽水が出てきたころのフォークソンガーです。

 

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2013年

7月

17日

19)無常という事: 小林秀雄

以前は、ほとんどの学生が小林秀雄を知っていたと思います。よく入試問題になっていたからです。高校生にとっては、その文章はむずかしすぎてよくわからないわけですが、そのことが逆に勉強しているんだという気持ちには良かったのかもです。今は入試問題の傾向がどうなのかよくわかっていません。学生にとってはレトロな存在になってしまったのかどうか。


文章ははっきりと書いてあるのに内容がよくわからないというのは、まあそれはそれで、数学の難問集的な趣きです。ともあれ、小林秀雄の有名な評論を一度読んでみるのはどうでしょう。そのあとで、ごく最近の雑誌なのですが、「考える人:特集 小林秀雄」を買ってみる。この雑誌の付録には酔っ払いの小林秀雄の対談CDがついています。これがすごくいいです。

 

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2013年

7月

15日

18)書を捨てよ、町へ出よう: 寺山修司

寺山修司の文章は戯曲と俳句を除いて全部読んでいます。僕はファンですが、ファンはたぶん今でも多いかも知れません。はたして寺山修司はレトロなのかそうでないのか。どうぞ読んで見てコメントを下さい。本はどれを選んでもよかったのですが、初期のタイトルのものをたまたま選びました。よくなければもう1冊ぐらい読んではいかがでしょうか。「ポケットに名言を」とか、「寺山修司少女詩集」とかなら読みやすいのではないでしょうか。


「時には母のない子のように」は寺山修司の作詞です。たぶん知らないと思いますが、歌っていたのは、カルメン・マキという、たとえば、今の土屋アンナのようなおねえさんでした。カルメン・マキに、時には母のない子のようにを歌わせるのが、たぶん寺山修司の演出です。時には母のない子のように、のイメージでカルメン・マキのことを思っていたら、ある日、びっくりしました。


「名もない魚」の作詞も寺山修司です。作曲は小椋佳。歌詞はみんなに聞きながら、聞いたとおり書いていったのだそうです。
海がいいですか、山にしましょうか?
名前はどうしましょう?
というふうな感じで聞いていったのでしょう(たぶんですが)、こうして、
名もない魚が海にいた、と、歌詞の1行目ができあがります。


名もない魚が海にいた 名もない魚が恋をした
月の明るい夜だから 月の明るい夜だから
名もない魚の悲しみは 恋が届かぬ事でした
海には手紙がないのです 郵便ポストもないのです

・・・・・


寺山修司少女詩集はこんな感じの詩集で、寺山修司はだいたいこんな感じです。よければどうでしょう。あわせて小椋佳のこの歌も聞いて見て下さい。

 

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2013年

7月

15日

17)堕落論: 坂口安吾

たぶんこういう本はもうないのではと思います。無限大に暇だった学生の頃、何度も読み返していたような記憶があります。音読していたかも知れません。かと言って、なつかしく今読み返してみるということもしていません。読書というのは学生の頃しかできないのかもです。就職してしまうとたぶん無理なのでは。詩人とか、探検家とか、天文学者とかにならないと。

 

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2013年

7月

15日

16)竜馬がゆく: 司馬遼太郎

(以下、走り書きです。すぐ追加修正する可能性大です。)


面白いと思います。長編小説をじっくり読んだ経験のない人は、竜馬がゆくがおすすめです。歴史小説ですので、レトロ云々は本来ないわけですが、どうなのでしょう。


小林秀雄が司馬遼太郎の小説をどう思っていたのか知りたいところです。対談とかで出会いはなかったのでしょうか。唐突なことを書いてしまいましたが、この件またいずれ書く機会があるでしょう。

 

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2013年

7月

15日

15)自然学曼荼羅: 松岡正剛

「遊」という雑誌のことを知っている人はほとんどいないでしょう。「比叡おろし」という歌を知っている人はもっといないと思います。ただ、松岡正剛は今も活躍中で、全くレトロではありませんが、かつて松岡正剛が書いていた種類のもの、たとえば、自然学曼荼羅のような感じの文章は、もう最近は書いていないと思われます。なぜなら、つまり、"年"だからです。自然学曼荼羅は若い頃しか書けないのでは。また、こういう内容を書くことができるのは、日本では、若かった頃の松岡正剛だけなのではと思っています。


自然学曼荼羅は、最近になって(21世紀になって!)、改訂版が出されたようですが、僕が読んだのはもちろん昔の方です。どこが改訂されたのか興味あるところです。自然学曼荼羅が売れていたとはもちろん思えません。こういう本の好きな人が世の中にたくさんいたら、それはそれでしんどいかも知れない、そういう本です。ただ、僕は松岡正剛のファンですので、レトロな本のリストの中に1冊を入れることにしました。少なくとも理系の人でないと面白くないでしょう。

 

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2013年

7月

15日

14)牛肉と馬鈴薯: 国木田独歩

国木田独歩の書いたものは日記を含め全部読んでいます。そのうちのひとつだけを選ぶとすれば、やはり牛肉と馬鈴薯ということになるでしょう。


国木田独歩で一番有名なのは「武蔵野」です。当時使っていた教科書にも「武蔵野」は入っていましたが、そのときには全く何も思わずです。もちろん読まないままになっていました。そのころ僕は、何と言うか、元気でしたから、原始的自然だけが自然だと考えていました。たとえば、南アルプスの山について言うなら、きれいな山道があればもうそれは自然の山ではなくて、赤石沢ぐらいでないと自然とは呼べないという考え方でした。だから、武蔵野の自然には全く何も興味がなかったと思います。


国木田独歩で一番最初に読んだのが、牛肉と馬鈴薯です。高3の夏でした。牛肉と馬鈴薯の主人公の自然観が(つまり国木田独歩の自然観なわけですが)、自分のとよく似ていたのかも知れません。とても感動しました。本稿、本はレトロ確定のはずです。国木田独歩の小説が好きという人、今いるんでしょうか。


同じような感じの短編が、「空知川の岸辺」です。牛肉と馬鈴薯がいいなら、空知川の岸辺もいいはずです。国木田独歩ファンになる必要条件は、武蔵野が好きというよりは、北海道好きということかも知れません。

 

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2013年

7月

15日

13)シャーロック・ホームズの帰還: コナン・ドイル

正しいかどうかわかりませんが、アガサ・クリスティーが広まるまでは、推理小説といえばシャーロック・ホームズだったと思います。ただ、アガサ・クリスティーも、もしかしてレトロな本になっているかもです。とにかく最近の動向はよくは知りません。


この本は僕がはじめて読んだ長編(実は短編ですが)の本だったと思います。はじめて読んだ文庫本だったかも知れません(岩波文庫だったはず)。怖かったという記憶があります。どれがとまでは言えませんが、たぶん、「踊る人形」ではなかったでしょうか。シャーロック・ホームズのシリーズはそのときにほとんど読んだと思いますが、シャーロック・ホームズの帰還を挙げたのは、踊る人形が入っているからです。


その後、TVや映画のアガサ・クリスティーがとても面白く、シャーロック・ホームズは僕自身の中では、すでに「レトロ」です。アガサ・クリスティーを本で読んだことは一度もないのですが、アガサ・クリスティーのかなりなファンだとは思います。ここから先を書くと、もう本の話ではなくなりますので、このへんで。

 

以下のコメント#4に、「踊る人形」のことが話題になっていますが、本稿よりもコメントの方が早く書かれました。念のため。

 

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2013年

5月

12日

12)超訳 ニーチェの言葉: 白取春彦

超訳・・・を挙げたのは、投稿07)で書いたのと同じ理由です。たぶん、超訳でなく翻訳の方を読んだ方がと思います(原著は読めませんから翻訳です)。が、この本は売れているようで、本屋さんには、目立つところにいっぱい積んで置いてあります。


ニーチェだと、「ツァラトゥストラはかく語りき」はいかがでしょうか。信じてもらえないかも知れませんが、学生の頃、パブにこの本を持っていって二人でゼミをしたことがあります。ボトルキープはホワイト。そういうことができる本です。パワーを感じる本。ところで、パブという言い方でいいのでしょうか、スナックよりは少し大きくて、値段も安い店、今ではパブというと違う店になってしまうかも知れません。


専門的にはニーチェの著作は哲学の本なのでしょうが、僕は文学の方に近い感じを持っています。そういう点からは、哲学の入門書的ではないだろうかと思います。おかしな紹介の仕方ですが。。。

 

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2013年

5月

12日

11)風貌: 土門 拳

僕はずっと前のあるときから写真家になりたいと思っていて、そして今やなれる可能性はもうほとんどありません。卒論のテーマには、毎年必ず写真のテーマを挙げているのに誰もそれには乗ってくれない。写真家でないから言えるのかも知れませんが、風景写真なら、土門拳の写真と僕の写真は比べていい勝負だろうと思ってはいます。酔っぱらったような話ですいません。


風貌はいい本です。レトロな本ではないと思いますが、登場する人物はレトロです。もし現代の土門拳がいたとして、現代の風貌を出版したとしたら。恐縮ながら、昔の風貌の方が絶対に勝つのだろうと思います。

 

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2013年

5月

12日

10)大和古寺風物詩: 亀井勝一郎

この本もあまり見かけなくなりました。いい本なんですが。ひとつ読むとして、やはり中宮寺のところでしょうか。読めば、弥勒菩薩を見に行きたくなります。僕は見に行ってしまいました。と言っても、お寺案内のガイドブックとか仏像を紹介する本とかではありません。

 

ガイドブックで観光するようになってしまう前の話です。まだ学生の頃に、大和古寺風物詩を読んで、見に行った弥勒菩薩は、うまく表現できませんが、とても美しかった。ずっと後になって、もう一度見たくて何度か行って、でも、もう、その美しかった弥勒菩薩の姿は見ることができません。そこにいるのは、博物館の弥勒菩薩という感じです。

 

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2013年

5月

12日

09)インドの大道商人: 山田和

当時インドはブームでした(そのもっと以前からブームだったかも知れません)。そういうわけでインド関係の本もよく出版されていました。ただ、ここで挙げた本は、当時の本というわけではなく、その後に出た本なのですが、雰囲気はほぼ同じインドが現れています。


本がレトロというよりは、以前のインドの国そのものが、「レトロ」かも知れません。聞く限り、以前のインドはもうなくなっているようです。少なくとも大都市はそうだと思います。


もしこの本を読んでインドに行ってみたいと思った人がいたとしたら、本自体はまだ「レトロ」ではないということになります。行ってみたいと思った人、どうぞインドに出かけてはどうでしょうか。くれぐれも1週間のツアーで行くということのないように。半年ぐらいの気持ちで行くのがいいでしょう。もちろん飛行機のチケットは片道です。留年してもう1年を過ごすのなら、そのうちの半年をインドで過ごして何も全然問題ないと思います。帰る頃には、英語も適度には話せるようになっているでしょう。

 

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2013年

5月

12日

08)天動説の絵本: 安野光雅

安野光雅の本はレトロな本ではないかも知れません。ただ、絵本というジャンルですので、そういう点ではこのブログを見ている人にとって(もう絵本を読む年ではない人にとって)、ある程度のレトロさはあるだろうと思います。


少し前、天動説と関係した話題を大学院の授業で題材として取り上げ、そのとき僕はかなりがっかりしました。受講していた人もそれを気づいていたかと思いますが、その理由は、安野光雅のこの天動説の絵本のことが頭の中にあったからです。天動説・地動説を、結局、どういうふうに表現しているのかと、授業でぐちぐちぐちぐちと何度も質問したのは、こういう事情です。


長くなりますので、このあたりで。

 

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2013年

5月

12日

07)1日で読める徒然草: 吉野敬介

本当は、1日で読める・・ではなく、取り上げる本は徒然草そのものであるべきなのですが、それは無理なことは僕自身よくわかっています。たぶん高1のときの古典の先生、A先生という先生がいました。高1の僕からは、A先生はおばあさんでした(失礼お許し下さい)。たぶんその頃は母親より少し年を取っているとおばさんではなく、おばあさんになるのだと思います。でも、よく考えてみると、60才定年というものがあるのだから、A先生はおばあさんであるはずはないのですが。


そのA先生は、僕たちによく古文の文章そのものを、1ページとかときには2ページにわたる長い部分を暗記してくるように、といって宿題にすることがよくありました。どの文章という記憶はないのですが、枕草子や方丈記や万葉集や奥の細道やいろいろだったのではないでしょうか。


ある日の授業中、A先生が覚えてくるはずだった文章を、ひとりふたりと暗唱させていくわけですが、誰もきちんと暗唱できていない、次々あてていくのですが、誰もきちんとできていないわけです。長すぎる文章だったか面白くない文章だったか、クラスの半数以上があてられてその全員が暗唱できなかったのだと思います。


すると、A先生は、突然にすごく怒りだしたのです。大きな声でほんとに怒った。おばあさんが怒った! まあこれだけの話しなわけですが、このとおり、古文は大切です。文字通りのレトロな本です。原典でなくても、1日で読める・・でもいいし、橋本治さんのでもいいとは思います。このブログでは、予備校の先生のを選びました。もちろん徒然草でなくてもいいです。


古文を覚えるほど読むのは大切なことです。その大切さを君ら、わからんのかと、そう思ったとして、そしてそのときにA先生のようにピュアに怒るほどの真剣な授業や研究指導を僕は一体したことがあるのだろうかと、その日のA先生のこととともに振り返っています。

 

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2013年

4月

30日

06)斜陽: 太宰治

当時、太宰治は一番人気の小説家でした。ただ、なぜそうなのかが僕にはわかりませんでした。小学生の頃の、走れメロスを除くとすると、たとえば、富嶽百景のような感じの本は面白いかなと思いますが、人間失格やそういう本が、なぜ一番人気になってしまうのかよくわからず、でもまわりにはその理由を教えてくれる文学ファンもいませんでした。


としているうち、斜陽を読みました。読むきっかけは特にはなかったと思います。有名だから本屋さんで見てそして買ったのでしょう。そして大変よかった。大変によかったです。


斜陽は、たぶん、本文の中にあるたった一文を読むためにあります。その一文をここに書いていいものなのかどうか。下にいくつかコメントがありますが、そのピークの一文に至るあたりをすっかり読み飛ばしているかも知れないと思ってしまいます。


かつて一番人気だった太宰治の本、レトロなのかどうか。
そして、あの一文、今の20才はどういうふうに思うのかということ、それを聞いてみたいとは思いますが、コメントを見る限り、斜陽は「レトロ」で確定です。

 

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2013年

4月

30日

05)性格の本(別冊宝島6)

性格の本というタイトルですが、ユングの心理学の本です。当時、ユングの心理学ははやっていました。僕の周辺だけなのか世の中広くだったか、それはわかりませんが、心理学ははやっていたように思います。


最近あまりユングという名前を目にしません。それで、とりあげました。レトロでしょうか、どうでしょうか。


この本はいい本です。僕にとってはいい本でした。ユングの心理学を知ったことで何か変わったかというと、たぶんほとんど変わっていないとは思いますが、自分の心理といっていいのかどうか、そういうものが少しわかったような気になりました。若々しい言い方が許されるとすれば、本当の自分がわかったような気持ちになりました。心理学の本は、きちんと書いてあるものはむずかしいものが多いですが、もしかすると、この本はきちんと書いてあるものの中では、一番やさしいユングではないでしょうか。

 

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2013年

4月

28日

04)白ナイル: アラン・ムアヘッド

以前は、世の中に、探検の本がもう少しはあったように思うのですが、このごろではほとんど見かけません。白ナイルはナイル川の水源を見つけに行く話しです。探検のいい本は、この他にもたくさんあって、南極点にはじめていく話とか、エベレスト初登頂、中央アジア探検記、とにかくたくさんあります。どれを読んでも面白いでしょう。そして、どれもレトロな本です(たぶん)。

 

まだ未踏峰への登頂がニュースになっていた頃、みんなの世界観が今とは多少違っていたかも知れません。少しだけ早く生まれてきてよかったという気持ちがあります。以前はまだ日本の中にも人跡未踏に近い山稜や谷筋もありました。もう山岳部がはやらないのも仕方ないでしょう。ほんの30年前、夏でも冬でも、駅で大きなキスリングを背負った大学生のグループをふつうに見かけましたが、最近はもう全くありません。登山口の駅ではよく寝たものです。北海道だと都会の駅でも大丈夫で、旭川駅や帯広駅では駅の前にシュラフで寝ました。


ただ、もっと早くに生まれていれば、もっとよかったと思うことはあります。ナイルの水源も、エベレストも、南極点もまだ誰も行っていない、そういう世界は全然違ったはずです。そんな頃の気持ちで読むことができるのかどうか。どうぞ読んでみて下さい。もちろん、文章だけの本ですが、ナイル川上流のどんな写真集よりもいいのでは。

 

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2013年

4月

28日

03)麻雀放浪記: 阿佐田哲也

面白いのですぐ読み切ってしまうでしょう。ただ、麻雀を知らない人が読むとどうなのかはわかりません。私の学生時代は、ゲームのないかわり麻雀が(ゲームセンターのないかわり雀荘が)あったという時代だったので、昼夜問わずよくやりました(字一色小四喜をテンパイするくらいまで)。今のようにワンルームマンションでなく、下宿屋のような所が多くて、麻雀のメンツがすぐにそろったということもあります。どこの下宿にも、昼まで寝て、大学には行ってそうもない下宿のぬしのような4回生5回生がいて、そういう人は、たいてい麻雀が強かった。

 

一番覚えているのは、2回生のときに、たぶん5回生、4回生、3浪の2回生というメンバーで朝までやってしまったときのことです。ボロボロに負け、そして、朝の英語の定期試験にも間に合わずで。たぶんあまりにもがっくりしているように見えたのでしょう、5回生があまっていた古い冷蔵庫を持ってきてくれて、それがとてもうれしかった。なにはともあれ、麻雀放浪記、どうでしょうか。こういう退廃的な、しかし、なぜいいのだろう。同じような感じの本に、聴雨(織田作之助)があります。麻雀ではなく将棋ですが、こちらもいい物語です。こういうのは好きです。

 

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2013年

4月

28日

02)哀愁の町に霧が降るのだ: 椎名 誠

青春記的なものから1冊をと思いました。レトロな本のブログ的視点では、どくとるマンボウ青春記(北杜夫)や、ムツゴロウの青春記(畑正憲)でもいいのですが(どちらも、とても面白いです)、時代が10年ほど後の表題の本にしました。私の学生時代には、この3冊ともよく読まれていたと思います。もし、もう1世代遡るとすれば、三太郎の日記(阿部次郎)となるでしょうか、レトロな本のブログとしては、この本が一番適していそうです。


「哀愁の町に霧が降るのだ」はスーパーエッセイという名称がつけられていたと思います。不思議な文体なのですが、微妙な表現がなぜかきちんと伝わってきて、つまり、これが、スーパーエッセイたる所以です。椎名誠の文章の中で一番すごい文章の切り抜きを、私はたぶんまだ持っていて、それは押し入れの段ボール箱のどこかにあるのですが、探してはいません。ある雑誌に書かれていた数ページのエッセイで、旅先で起こった出来事です。こんなぼんやりとした気持ちを文章に表現できてしまんだなあ、という文章です。


「哀愁の町に霧が降るのだ」はなかなか本論に入いらなかったと思います。始めの方でだるんとなるような場合、本の真ん中ぐらいから読むという手もあるかもですが、保証はしません。たぶん、私は1ページ目からずっと読んでいったのではないかと思います。そうすると、文体に慣れた頃が、ちょうど本論です。

 

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2013年

4月

28日

01)ポーの一族: 萩尾望都

はじめの方は読みやすいものからと思ってますので、まず1冊目は「ポーの一族」にしました。この本を知っている人は、もう少なくなっているのではないでしょうか(大学生ではほとんどいないのかも知れません)。こういう本を紹介するのが、このブログの趣旨です。

 

記憶はおぼろげですが、たぶん私が修士の学生だった頃、お正月の新聞の特集記事だったと思います。有名な漫画家10人ぐらいにいくつか質問が出されていて、そのうちのひとつ、「今まで読んだ中で一番よかった漫画は何ですか?」みたいな質問に、半分ほどの人が、ポーの一族と答えていました。プロがよかったという、それも何人もの人が同じポーの一族だったわけです。すぐ買って読んだのか、ずっと後で思い出して読んだのか、もう忘れましたが、とにかく読んで、そして、よかったです。

 

ジャンルは、少女マンガです。そのときまで少女マンガは読んだことがありませんでした。読む気がしなかったからです。ただ、これ以降、萩尾望都(はぎお もと)だけは別です。たぶん、萩尾望都のファンでした。喫茶店は学生の頃からよく行ってましたが、当時は、コーヒーチケットというのがあって、10枚(コーヒー10杯分)買うと少し安くなりました。ボトルキープみたいな感じです。行って1杯飲むと、お店の人が勝手に自分のチケットから1枚だけ取ってくれました。チケットの冊子に自分の名前を書くのですが、「もと」と書いていたので、お店の人は、もとさんと呼んでくれてましたが、まあいいかということで、別に訂正もしませんでした。

 

コミックにして何冊分かあるのですが、3冊目以降は切れがなくなってきます。個人的には1冊目2冊目までがおすすめです。読んだ人、どうだったでしょう。センチメンタルな物語です。こういうセンチメンタルはレトロでしょうか。

 

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2013年

4月

27日

00)レトロな本のブログを始めます

レトロな本のブログを始めます。よろしくお願いします。

レトロな本ばかりでなく、半分ほどは新しい本も取り上げることになると思います。

 

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