174)駒の動きと大型将棋史

図1は歩き駒の動きの種類の一覧です。左右対称の動きだけをピックアップしました。摩訶大将棋には、左右非対称に動く駒も少数ありますが、本稿とは別テーマですので、また後日に取り上げます。


駒の歩き方の種類には、全部で255パターンあり、このうち、31パターンだけが左右対称です。前方に進めない無意味なパターン(図では水色を付加)を除外すれば、24パターンが駒の動きとして採用される候補となります。


図1.歩き駒の動きの全パターン(左右対称のみ)
図1.歩き駒の動きの全パターン(左右対称のみ)

摩訶大将棋の歩き駒は24種ありますが、左右対称の全24パターン中の22パターンを使っています。残る2種の駒は(無明と提婆ですが)、左右非対称の動きです。このように、歩き駒のパターン数から考えれば、摩訶大将棋の規模が大型将棋のだいたいの上限となるだろうことがわかります。これ以上に駒数を増やすとすれば、左右非対称の動きや走り・踊りを多数取り込まざるを得ず、むやみに複雑なルールとなってしまうでしょう。

 

図には、各パターンに摩訶大将棋の駒の名前を1字の略記で添えています。指されている方には、まぎれはないでしょう。無意味な7つのパターンには、×印を付けました。添え字のついていないのが、使われていない2パターンです。

 

いろいろな考察ができます。まず、仲人の駒の動きをご確認下さい。象棊纂圖部類抄では、仲人と土将の両方が、前後に動く駒として割り当てられていますが、図1では、仲人を前後左右に歩く駒と変更しています。この点の経緯については、投稿169)と投稿170)をご参照のほど。


象棊纂圖部類抄では、前後左右に歩くという、ごく基本的なパターンの駒が抜けていました。実は、このパターンは仲人に割り当てられていたというわけです。全24パターン中のうち、21パターンを採用しているのに、前後左右という動きが不採用だというのは、やはり不自然すぎるでしょう。投稿169)と投稿170)の解読結果の正当性は、こういうところにも表れています。

 

同様に、猫又の駒の動き(前後ななめに1目歩く)にも注目して下さい。この動きも仲人の動きと同じく、ごく基本的な動きと言えるでしょう。ところが、中将棋には、この動きの駒はありません(摩訶大将棋や大将棋にはこの動きはあります)。


仮に、摩訶大将棋や大将棋以前に、中将棋が作られたものと考えてみましょう。中将棋の成立時に、新しい駒の名前が導入され、新しい駒の動きが作られるわけです。このとき、猫又や仲人(摩訶大将棋・大将棋の仲人)の動き、ななめだけ動く、縦横だけ動くという、そういう基本的な動きを取り入れないということがあるのでしょうか。しかし、実際、そうした動きの駒は、中将棋には見られません。


このことからも、中将棋が、大型将棋生成の起点になった将棋ではないことがわかります。ななめだけ動く、縦横だけ動く駒は、平安大将棋にも、大将棋にも、摩訶大将棋にもあります。この3つの将棋は、大型将棋の起点となる将棋の候補でしょう(大将棋は、他の理由から起点の将棋ではありません)。ともあれ、中将棋は、これまでに考えられてきたとおり、より大きな将棋から駒数を減らして作られた将棋だということです。中将棋がずっと後世の将棋だということは、これ以外にも、いろいろな根拠があるわけですが、中将棋が黎明期の将棋だったという可能性は見えたことがありません。

 

図2.大大将棋の歩き駒
図2.大大将棋の歩き駒

図2は、大大将棋の歩き駒の分布です。大大将棋は摩訶大将棋と同じ駒数ですが、駒の種類は64種類で、摩訶大将棋よりも14種類多くなっています。


大大将棋が摩訶大将棋よりも後にできた将棋であることは、いろいろな点からわかっています。ところで、このことは、図2からも類推できます。歩き駒の全24パターンのうち、摩訶大将棋では22パターンを占めていたのが(図1)、大大将棋では14パターンしかありません(図2)。新しい将棋を作ろうとするとき、歩き駒の創成は基本でしょうから、過去の将棋にそのパターンがない場合は、新たな駒名を付けて付加されたものと思われます(*脚注を参照下さい)。


摩訶大将棋で92%(=22/24)の歩き駒が導入されているのは、それ以前に、同じ規模の大型将棋がなかったからです。新しい歩き駒は、言うなれば、作り放題だったということです。一方、大大将棋では58%の歩き駒しか含まれていません。先行の摩訶大将棋がほとんどの歩き駒を使っていたため、主要な歩き駒は含ませざるを得ませんでしたが、多くの歩き駒が除外される結果となりました。なぜなら、歩き駒のほとんどを摩訶大将棋から踏襲してしまうと、似たような将棋ができてしまうからです。それでは、新しい将棋にはなりませんから、結果的には、歩き駒を除外した代わりに、走り、踊り、歩きの混合パターンを作ったり、踊りも2目、3目、5目までを採用することになったのでしょう。


*脚注

駒の名前と駒の動きの対応について

古代の大型将棋では(中将棋は考慮しません)、駒の名前と動きの間に一対一の対応があったと考えてよいかも知れません。駒の名前と動きが対応しない主要例としては、たとえば、次のものがあります。ただ、写本の記載/著者の知識が正確だったかどうかの判断はむずかしく、現存の資料では、一覧するのはむずかしいでしょう。


前後左右1目:銅将(平安大将棋)、仲人(摩訶大将棋・大将棋)

前後ななめ1目:猛虎(平安大将棋)、猫又(摩訶大将棋・大将棋・大大将棋)

前方と横1目:鉄将(平安大将棋)、悪狼(摩訶大将棋・大将棋・大大将棋)

前後以外の1目:盲熊(摩訶大将棋)、猛猿(大大将棋)