268)摩訶大将棋の読み方:まかおおしょうぎ

大将棋は「おおしょうぎ」と読まないといけません。平安時代の読み方に従うとすれば、だいしょうぎと読むのは間違いでしょう。同じく、摩訶大将棋も「まかおおしょうぎ」という呼び方になります(平安時代に摩訶大将棋という名前の将棋が、象戯圖の記載どおりあったとすればの話ですが。)

 

もちろん、読み方は時代で変わっていくでしょうから、摩訶大将棋をまかだいしょうぎと読んでもかまわないと思いますが、本ブログでは、平安時代の呼び方を使っていこうかと。ですので、これからは、まかおおしょうぎと呼ぶことになります。

 

この件どちらでもいいという方には何も問題のない話です。ただ、呼び方にもこだわる方は、以下をお読み下さい。大将棋=おおしょうぎよりも、もっと考察すべき件は、小将棋の方の読み方で、小将棋=しょうしょうぎではないと思われます。たぶん「おしょうぎ」と読むのでは。

 

摩訶大将棋の復刻本に掲載しましたとおり(図57)、二巻本色葉字類抄には、大将基馬名のリストがあります。このリストは「ヲ」の分類の箇所にあります(このリストを、上巻上の最後に挿入されているとする書籍もありますが、冊子の最後を意識したものではありません)。大将基馬名のあとに小将碁馬名が続きますので、駒のリストというくくりで、別件として挿入されたものだと思ってしまってましたが、そうではありません。あくまでも、色葉字類抄の編集指針のとおり、イロハ二ホヘト・・の順で言葉を集めています。つまり、小将碁馬名も「ヲ」にはいるべきものです(厳密には「オ」であるべきですが、ヲとオの分類の入れ替わりは結構あるようです)。

 

というわけで、大将棋はいしょうぎではなく「おしょうぎ」、小将棋はょうしょうぎではなく「しょうぎ」です。

 

ところで、上巻下の最後にも、一見別のテーマと思われる挿入があります(よくご存知の方は別だと思わないですが)。「牧」という項です。これは「ム」の分類の箇所にあります。

牧はムマキと読みますので、ムで問題ありません。上巻上の場合と同じです。冊子の一冊目、二冊目とも、写本の奥書の位置がおかしいのでしょう。

 

さて、奥書の位置がおかしいとみれば、大将基馬名も小将碁馬名も牧も、原本に記載されていたものでしょう。ところが、大将基馬名が原本からありましたと言ったところで、別の観点から、つまり、将棋史に関する自説との兼ね合いの観点から、反論される方もおられるでしょうから、ここでは、「牧」のリストの方を問題にしましょう。

 

牧のリストは、勅旨牧のリストです。時代的には平安時代であり、後世の写本の際に挿入されたものとは、全く考えられません。これは、色葉字類抄が通常の書物ではなく、辞書であるということからも明らかでしょう。追記するとすれば(写本という観点からはだめな行為なのですが)、写本した時代(同時代)の情報を増補するはずだからです。

 

おしょうぎは、慣れの問題もあって、変だと感じる方がいるかも知れません。しかし、大を「おお」、小を「お」とする例は数多くあります。本稿では、ひとまず、おさか(小坂)とおおさか(大坂)を挙げておきます。大阪の語源は「おさか」から来ているとする説です。

 

本稿このあたりで。小将碁馬名リストの12世紀存在を将棋史だけからダイレクトに説明したいですが、まだ言い切れません。あとしばらくお待ち下さい。大将基馬名リストの方の存在は、摩訶大将棋の復刻本で十分説明できているように思います。なお、投稿265)も関連の投稿ですので参照のほど。