2013年

1月

01日

38)摩訶大将棋の特徴:成りのタイミング

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 

2013年の最初の投稿は、まだ結論がはっきりしていない成りの問題について書こうと思います。象棊纂圖部類抄では、成り駒は明記されており問題ないのですが、いつ成るかの記述がありません。大将棋あるいは中将棋の成りのタイミングと同じにするという考え方もあり得ますが、古文書に記述がない以上、結論には至りません。何よりも、摩訶大将棋を対局したとき、面白くなければ、それはかつてのルールではなかっただろうと考えています。

 

現時点では、以下のように考えるのが適当だと思っています。この説は今行われている摩訶大将棋・順位戦のルールとは少し違っていますが、こちらの方がより古文書に則した表現となっています。実戦上は、ほぼ同じ指し方になると思いますので、あまり状況は変わりません(成るか成らないかがほぼ同じ)。

 

摩訶大将棋の成りの規則(成りのタイミング)
1)師子、奔王、龍王、龍馬: 不成

2)走り駒・踊り駒: 敵陣にて駒を取れば成る(*1)

3)上記以外の駒: 敵陣自陣を問わず駒を取れば成る(*2)

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*1)歩の並びの次の列(走り駒)、その次の列(踊り駒)が該当。すべて金に成る。
*2)各駒固有の成り駒になる。ただし、取った駒が提婆/無明だった場合、教王/法性に成る。
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以上が成りの規則ですが、この規則は象棊纂圖部類抄の次の記述(マイクロフィルム番号:80)から類推したものです。

 

何馬にても敵方の無明を取りたる馬を敵の内外を論ぜず、
其所より取替えて法性に成りてつかふなり

 

この記述から、摩訶大将棋で何らかのイベントが起こるタイミングとして、1)敵陣に入る、2)駒を取る、の2つが候補となり得ることがわかります。これを成りのイベントに適用してみました。次の2つのケースを考えてみます。


a)敵陣に入れば成る
これは本将棋や中将棋、あるいは平安将棋から考えて妥当かも知れませんが、このルールで摩訶大将棋を対局すると面白くありません。つまり、下段3列の小駒(成れば、いわゆる奔駒となり、ダイナミックな戦いができます)は敵陣までが遠く、なかなか成れません。


b)駒を取れば成る
このルールでは、走り駒・踊り駒が1回だけの攻撃となりますので、やはり面白くありません。攻撃後に金となるため、摩訶大将棋に固有の走り・踊りの特徴がほとんど出せません。


どちらかと言えば、b)が通説ですが、結局は、どちらも面白くないわけです。古文書の記載に反することなく、どのように解釈を進めれば、面白くなるのか? この方向で、成りのタイミングを解釈したのが、上記ルールの2)3)となります。基本的には駒を取れば成る、ですが、走り駒・踊り駒に対しては、「敵陣で」取れば、という条件を付けました。


ところで、ここで、古文書の上記原文(少し意訳しますが)の、『敵陣自陣を問わず駒を取れば・・・』という箇所が意味を持ってきます。もし、法性への成りのことを記述するなら、上記原文は、敵陣自陣を問わず、という意味に相当する箇所は不要であり、
「何馬にても敵方の無明を取りたる馬を、其所より取替えて法性に成りてつかふなり」
これで十分でしょう。

 

駒を取るとき「敵陣で」という条件のつく場合が他にあった、だから、敵陣自陣を問わず、という注釈が必要だったのではないでしょうか。それが、走り駒・踊り駒の成りの条件:敵陣にて駒を取れば成る、だったのではと考えました。

 

なお、投稿33)で紹介したルールでは(教王、法性への成り解説は省略していますが)、
1)敵陣に入ったとき(強制成り)
2)相手の駒を取ったとき(成りか不成りかの選択が可能)
となっています。実戦では、ほぼ同等ですが、成りか不成りかの選択ルールに関して文献上の根拠がないため、問題に思っていました。本稿のルールでは、成りか不成りの選択をルールとせずに同じことを実現できます。つまり、走り駒・踊り駒(不成りを選択したい駒)は、敵陣以外で駒を取ってもルール上不成りです。一方、小駒(成りを選択したい駒)には影響がありません。

 

また、本稿のルールでは、駒を取らない限り、走りと踊りが敵陣でも生きますので、より激しい攻撃となります。ゲームバランスは実戦対局で確認しなければなりません。終盤、駒のすいた敵陣に鉤行、摩羯、狛犬が入った場合ですが、攻撃が強くなる分には問題ないだろうと考えています。確認の上、ルールをきちんとした文面で公開します。いましばらく時間を。

 

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コメント: 5
  • #1

    mizo (木曜日, 03 1月 2013 12:05)

    a)敵陣に入れば成る
    私は、これが基本ルールだと思います。
    手数がかかりますが、最下段の駒も同様だと思います。
    面白くないかどうかは、当時の人々の考え方がわからないので微妙です。
    b)駒を取れば成る
    これは、「提婆」「無明」に関する特殊ルールだと思います。
    こちらを通説とされる方には、根拠を伺いたいと思います。

    強制成りはb)のみで、後は不成を選べたと思います。

    現代まで伝えられたルールは、特別な記載がない限り同じであったと考える方が良いと思います。

  • #2

    T_T (金曜日, 04 1月 2013 00:12)

    新年の初コメントありがとうございます!

    忘れ去られた摩訶大将棋をどう復刻していくか、今年ものんびりやっていきたいと思ってます。

    本稿は成りのルールについてですが、復刻の結果、面白ければ文句なしなのですが、それよりも重要なことは古文書の記述に反することがない、という点だと考えています。でないと、摩訶大将棋をプレイしたとして、それは現代のゲームであって、鎌倉時代の摩訶大将棋ではなくなってしまいます。

    成りに関しては古文書には明記されていませんので、現状、どんな結論も出すことはできませんが、古文書のいくつかの文言からある程度の推定ができればと思っています。

    という観点から、「敵陣自陣を問わず」という注釈が入ったところを糸口として考えを進めてみました。

  • #3

    長さん (月曜日, 07 1月 2013 12:50)

     駒種一つ一つに、駒分類を記載してルールを教える位なら、
    成りの規則は単純化して、成ると弱くなる駒の動きの方を
    適宜調節して、調節後の動きのルールを個別に普及した方が、
    ゲーム自体は、流行りやすい方向に向かうと、個人的には思
    います。「古文書忠実動き」が、後世創作動きに比べて、
    このケースはさほど、普及しているわけでもないですから。

  • #4

    mizo (金曜日, 12 4月 2013 22:39)

    しつこいようですが、「無明」の例で確認します。該当箇所はこれだけです。
    「何馬ニテモ敵方ノ無明ヲ取タル馬ヲ敵ノ内外ヲ不論其所ヨリ取替テ法性ニ成テツカフナリ」
    私の意訳
    「どんな駒でも敵の無明を取った駒を、敵陣の中か外かを問わずその場所で、敵の無明の駒と取り替えて、裏返して法性に成って使う」
    私には、明らかに特殊ルールで、他の駒が敵の駒を取ったら取り替えないで成れるとは読めません。「敵ノ内外ヲ不論」は、成りは敵陣に入ったときに起きるのが普通なので、わざわざこの特殊ルールは場所によらないと説明してあるだけだと思われます。

  • #5

    T_T (日曜日, 14 4月 2013 12:41)

    コメントありがとうございます!

    いつ成るかの問題は難問で、現状、確定できないと思っています。
    敵陣に入れば成る、というルールは自然な考え方ですが、大型将棋のルールもそうだったと考えてしまうには、多少の疑問が残ります。

    成りのルールは古文書には明記されていませんので、すべては推定となります。敵陣に入れば成る、という根拠は、現代将棋がそうだからということだと思います(中将棋の成りのルールは、現代将棋とは多少違っています)。

    現状では、ルールは現存する数少ない手がかりから推定するしかありません。駒をとれば成る、という考え方や根拠については再度ブログに投稿いたします。またご指摘よろしくお願いいたします。