2013年

4月

20日

51)摩訶大将棋:成りのタイミング(再考)

投稿38(2013年1月1日)にて一度取り上げた話題ですが、議論に上る機会も多く、再度取り上げたいと思います。


摩訶大将棋の成り駒は古文書に明記されており問題はありませんが、成りのタイミング(いつ成るか)については記述がありません。したがって、現状では結論は出ませんが、いくつかの手がかりはあります。それを糸口に考えていきたいと思います。


考え方としては、大別して次の2とおりとなります。以下、成りのタイミングだけを考えてみます。不成りについての考察は取り上げません。


成りのタイミング:
1)敵陣に入れば成る
2)駒を取れば成る


1)の考え方は、平安将棋(二中歴にタイミングの記述あり)、中将棋、現代将棋のルールどおりだとするものです。自然な考え方だと思いますが、難点があります。このルールで摩訶大将棋を指した場合、あまり面白くなりません。面白くないのに、そんなルールがかつて採用されていたのでしょうか。そうは思いにくいのです。投稿38)もご参照下さい。


1)の考え方には、大型将棋のルールが、中将棋、小将棋のルールと同じだっただろうという了解があるわけですが、そもそもルールは同じでなかった、という考え方も可能です。そこで、2)の考え方が出てきます。


2)の考え方は、古文書の記載としては全く残されていません。しかし、Webのwikipediaには、摩訶大将棋、大大将棋、泰将棋は、駒を取れば成る、と書いてあります。当初、私がまだ古文書を調べてもいなかった頃、駒を取れば成る、というのは伝えられてきた事実なのだろうと、そのままに信じていました。ところが、どの古文書にもそんな記述はないのです。wikipediaを書かれた方にお聞きしたいのですが、自分の考えとして書かれたのか、それとも、まだ未公表の古文書があって、その中に書かれているルールを書かれたのか、どちらなのでしょう。この件気になって仕方ありません。

 

ともかくも、現状、以下のように考えています。プリンセスKG杯では、成りのルールとして、文面上は、別個のルールを決めていますが、実質はほぼ同じです。基本的には、駒を取れば成る、です。が、条件が付いています。

 

摩訶大将棋:成りのタイミング
a)師子、奔王、龍王、龍馬: 不成
b)走り駒・踊り駒: 敵陣で駒を取れば成る
c)上記以外の駒: 敵陣自陣を問わず駒を取れば成る

 

a)は確かです。記述があります。
b)は、実は、中将棋のルールそのものです。「敵陣で」という条件がつく説明として、中将棋のルールにならうという以外に、象棊纂圖部類抄にある次の記述からも帰結できます。詳しくは、投稿38)をご参照下さい。

 

「何馬にても敵方の無明を取りたる馬を敵の内外を論ぜず、其所より取替えて法性に成りてつかふなり」

 

c)が、摩訶大将棋の成りの基本ルール、駒を取れば成る、です。ただし、これには例外ルールがあります(例外と言うよりも、むしろこれが摩訶大将棋の中心ルールなのですが)。通常、敵の駒を取ったとき、どんな駒に成れるかは、駒の裏に書かれているわけですが、無明・提婆を取ったときのみ、成り駒が決まっていて、それは特別な成り駒、つまり、法性・教王が用意されています。それを、書いたのが、上の古文書の文面です。「取替えて」という言い回しは、実質的な作業内容を表わした書き方で、次のように書いてほしかったところです。

 

『敵方の無明を取りたる馬、法性に成る』

 

発見を待つべきは、
『敵陣自陣を問わず、敵の駒を取れば成る』
という古文書の記述です。おそらく、原著者としては、このことは自明すぎたのでしょう。だから、例外事例、『無明を取りたる馬、敵陣自陣を問わず、法性に成る』と書き記したのでしょう。このとき、敵陣自陣を問わず、という語句は必須です。なぜなら、駒を取った場所が敵陣か自陣かが問題になる場合が、つまり、中将棋ルール(仮にこう呼びます)が一部の駒にあったからです。

 

中将棋は、言うなれば、絶滅した恐竜のなごりを知らせてくれるシーラカンスのような存在です。後日にまた投稿しますが、現時点では、中将棋は摩訶大将棋の後に成立したと考えています。中将棋が創案された時代、大型将棋の成りのルール(駒を取れば成る)と、小将棋の成りのルール(敵陣に入れば成る)があったわけで、中将棋の成りのルールは、その両方のルールを考慮した、ハイブリッドになったのではと考えています。

 

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コメント: 6
  • #1

    mizo (日曜日, 21 4月 2013 01:27)

    以下の部分が気になりました。
    1)敵陣に入れば成る
    このルールで摩訶大将棋を指した場合、あまり面白くなりません。面白くないのに、そんなルールがかつて採用されていたのでしょうか。そうは思いにくいのです。投稿38)もご参照下さい。

    主観的なご意見で客観的でないと感じました。

    Wikipedeiaの編集をされた方は、「世界の将棋」(梅林勲・岡野伸)を参考にされたのではないかと思います。
    さらにその元は「将棋Ⅰ」(増川宏一)に掲載されている『象戯図式』の摩訶大大将棋図の次の記載ではないかと思われます。
    「右両陳内外不論敵馬取即成也又乱入時我馬取捨也」

    さらに、中将棋の成りの原則ルールは
    1)敵陣に入れば成ることができる
    であり、不成(ならず)を選択した場合について、一度戻って再突入した場合か敵の駒を取った場合に成れるというものです。(異説あり)

  • #2

    長さん (月曜日, 22 4月 2013 16:19)

    この件は、次の「めんどくささ」があるため、どうにかならないのか
    と思っています。「わざと駒を取りながら敵陣に入ると、不成のまま
    敵陣で暴れられる、『成ると弱くなるので、成りたくない駒』がある。」
    敵陣に入る手前で、折の中の敵駒が一枚喰えるのをじっと待っている
    ような作戦・着手と言うのは、どうも、まともな摩訶大将棋を、
    指していない感じがするのですが・・

  • #3

    T_T (火曜日, 23 4月 2013 23:15)


    mizoさんへ
    コメントありがとうございます!

    ご指摘の点(主観的であるという点)ですが、ご指摘のとおりです。成りのタイミングについては、古文書に記述がほとんどなく、すべて客観的に考えてのルール構築は困難かと思っています。

    wikipediaの駒を取れば成る、の起源の件ですが、象戯図式でしたか。この記述の元は、文面からおそらく諸象戯図式が原本かと。この件、後日にまた投稿いたします。ところで、象戯図式は公開されているのでしょうか。

    コメントの最後の件ですが、本稿での話題は、成りのタイミングですので、それで中将棋を例に出した次第です。成りのタイミングには、敵陣に入れば成る、というだけではないということを書きたかったということがあります。

    中将棋の成りのルールはコメントいただいたとおりで、駒を取れば成るというルールが伝えられています。中将棋以前の将棋に(つまり、大型将棋に)、駒を取れば成る、というルールがあったことを示唆していると考えています。敵陣に入れば成る、というルールは、将棋のルールとして決して自明ではないかと。

  • #4

    T_T (火曜日, 23 4月 2013 23:21)


    長さんへ
    コメントありがとうございます!

    以前にも同じようなご意見をいただいたように思います。ふたりの意見、考え方は全然違っているようです。

    以前は、駒をとればすぐに成るでしたから、鉤行やマカツも1回しか攻撃できませんでした。当初のこのルールからすると、かなり復刻が進んだ感ありです。摩訶大将棋はもともと十分に攻撃的なゲームシナリオだったのではないでしょうか。時代を考えるなら、天才ゲームクリエイタが作ったと言っていいかも知れません。

    古文書は、「敵陣で」駒を取れば成る、というルールを示唆しています。盤面の中央では、存分に活躍でき、大方の駒を蹴散らした後、その威力を保ちつつ敵陣に侵入することもできます(敵陣に入っても成りません)。終盤の駒の空いた盤面では、狛犬や鉤行やマカツは非常に強力です。成らないままで敵陣に入るということが、なぜ面倒に思われるのか、実は全く納得できていません。狛犬や鉤行やマカツが敵陣で駒を取るのは、ただ1回、玉将か無明か提婆を取ればいいのですから。後は、不成りの奔王、龍王、龍馬、師子と、それに成った奔駒もいます。一局対局していただけると、たぶん、わかっていただけるように思うのですが。。。

  • #5

    長さん (水曜日, 24 4月 2013 08:51)

    コルントありがとうございます。

    なお現行の、高見研究室摩訶大将棋ルールは、次のように
    なっていると理解しています。

    A:相手の駒を、取った場所に関わらず取った場合:
    成れる。ただし成っても成らなくても良い。
    これは、成らなくて良いが選択できるので助かったと
    意識されるケースがある。

    B:中段より手前にその駒が元々居て、着手後敵陣に
    入った場合:
    成る。強制で不成りは選択できない。
    なお、敵陣に居た駒が、敵陣の別の升目に移動した場合や、
    着手後敵陣から出た場合などは、成れない。
    前者は成れるので嬉しいというのが、日本将棋的常識だが、
    摩訶大将棋では条件が違い、「成りたくないのに成らなければ
    ならないので残念だ」と意識されるケースが有る。また
    後者は、成れないので残念だと言うのが日本将棋的常識だが、
    摩訶大将棋では条件が違い、「成らなくても良いので、
    助かった」と意識されるケースが有る。

    C:A:とB:が同時に起こった場合、A:が優先される。
    (そこで、この摩訶大将棋特有の、私の前のコメントのような
    意識が発生します。)

    A~Cの理解のどれかが違っていましたら、別のページででも、
    できれば指摘してください。
     私はこのルールが前からあったかどうかにかかわらず、結果
    として高見研究室によって、固定されたものと理解しています。
    (純粋に歴史では無くて、ゲームルールの理解の問題です。)

  • #6

    T_T (水曜日, 24 4月 2013 22:47)

    長さんへ
    上にコメントいただきましたルールですが、去年12月から第1回プリンセスKG杯を行ったときのルールをご参照だと思います。細部で多少ちがいはあるのですが、ほぼそんな感じでした。成りのルールは、現時点で確定はできず、しかし、確定しないことには、公式対局はできませんので、暫定ルールとお考えいただけたらと思います。

    その後、古文書の記載との整合性を検討し、実質的にはほぼ同じなのですが、ルール文面としては、変更したルールが出来ています。このルールが、投稿38)と投稿51)です。ルールと、その解釈を取り混ぜて書いていますので、読みにくいと思います。ルールだけを成りも動きも全部とりまとめ後日再投稿します。

    このルールで、次の公式戦(第2回プリンセスKG杯)を行う予定です。第1回とは、成りルールの変更、狛犬の3駒居喰いが追加、師子の2駒居喰いが追加、になると思います。第2回プリンセスKG杯の予選はたぶんデジタル戦の予定です。棋譜も残ります。