2014年

1月

03日

77)中将棋の成立時期に関する考察

中将棋の成立時期について考えてきたことを書きます(たぶん異論多々あるのではと)。数少ない古文書から摩訶大将棋を読み解いていこうとすると、実は、中将棋の成立時期の問題が非常に重要になってきます。ですので、本稿は中将棋の問題ということでなく、古典将棋全体の問題でもあります。


成立順については以前にも本ブログに投稿していますが、ブログ書き始めのころということもあり、間違いが目立ちます。ともかくも、まず、結論からですが、中将棋、摩訶大将棋、大大将棋、泰将棋だけに限定するとして、この4つの成立順は、次のようになると考えています。本稿では大将棋のことは全く考えないことにします(後日の投稿にします)。


摩訶大将棋 ---> 大大将棋 ---> 泰将棋 ---> 中将棋


摩訶大将棋から大大将棋、泰将棋までの成立順については、問題点はあまりないと思いますので、以下、中将棋が泰将棋の後に成立したという点だけに絞ります。泰将棋が中将棋に先行していたという説の根拠は、以下の2点です。特に、1点目が大きいです。
A)泰将棋の駒が、中将棋で使われている(理由は後述)。
B)泰将棋の初期配置で、飛鷲と角鷹があまりいい位置ではない点


泰将棋は、延年大将棋であり、対局のためというよりは、駒を並べることに主眼を置いた将棋です(投稿65にて少し議論しています)。ところで、泰将棋は、中将棋、摩訶大将棋、大大将棋の3つの将棋から作られていると考えるのが、ふつうかと思います(新しい駒も少々ありますが)。では、まず、この考え方が不自然でだということから議論します。


泰将棋の初期配置では、駒は93種類で、内訳は次のとおりです。大大将棋の自在王は玉将と読み替えました。


摩訶大将棋と大大将棋の両方にある駒:31
摩訶大将棋だけにある駒:18(横飛は使われていない)
大大将棋だけにある駒:29(変狐、香象、白象、方行は使われていない)
泰将棋だけにある駒:9


ここまでで、87種類です。泰将棋以外には使われていない駒が9種類で、78種類は、摩訶大将棋と大大将棋から集めることができます。残り6種類(93ー87)は、白駒・飛鷲・角鷹・鯨鯢・飛牛・太子ですが、これらの駒はすべて、中将棋の成り駒に相当します。
 

この結果は、不自然ではないでしょうか?
つまり、泰将棋を作るとき、中将棋、摩訶大将棋、大大将棋から駒を集めたとして、摩訶大将棋と大大将棋からは、成り駒を全く使わなかったのに、中将棋だけからは、成り駒を使っているということになります。成り駒を使っていいというのであれば、たとえば、摩訶大将棋からは、仙鶴、山母、奔金、奔銀、法性とか使ってよかったのではないでしょうか。でも、駒の表しか使わなかったわけです。


ここで、次のような考え方があり得ます。
1)泰将棋は、摩訶大将棋と大大将棋だけから作った(ただし、全部を使ったわけではなく、使わなかった駒も5枚あります)。
2)延年大将棋を意図したため、駒の種類が不足する。そこで、15種類の新しい駒を創案。
3)泰将棋の駒の中から、中将棋の成り駒が選ばれた。


このストーリーを取りますと、泰将棋が成立した後で、中将棋ができたことになります。成り駒を表の駒の中から選ぶという、上記3)に関してですが、実は、これは、ふつうの方法です。つまり、摩訶大将棋の奔駒規則と少数の例外を除けば、成り駒は、表の駒から選ばれることが、圧倒的に多いです。もし、中将棋が先に作られたとしますと、中将棋の成り駒のうち、8種類を、新規で作らないといけません。

 

2つ目の理由は、泰将棋の初期配置での飛鷲と角鷹の位置です。泰将棋が作られたとき、すでに中将棋が存在したとしますと、飛鷲と角鷹は、非常に強い駒だということがわかっているわけです。その場合、飛鷲と角鷹には、もっといい位置を与えないといけないように思われます。


最後に、象棊纂圖部類抄の行然和尚の本に、コメントしておかないといけません。曼殊院本には、泰将棋の記述はなく、行然和尚の本に泰将棋があって、そこに朱色の行度が入っています。駒を並べる延年大将棋に。そのあとに続く、駒の表のところ、泰将棋の欄に、「右此盤の成駒は中将棋に同じ」となっています。この無茶苦茶な説明。兼成が、本にあることは重要なので、これに加えることはしない、と奥書に書いた理由は、写本の折、おかしな内容だと感じたということだったかも知れません。

 

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コメント: 4
  • #1

    長さん (月曜日, 06 1月 2014 15:06)

    泰将棋に、中将棋の成り駒が入っているというのは、天竺大将棋に中将棋の成り駒を入れたように、「駒数の多い将棋を作成する際、それより少ない将棋の成り駒を、平(生)駒として使う」という方法を取る例もある、というのを、見習っただけなのではないかと、個人的には単純に考えていたので、この文面には、正直驚きました。まあ確かに、本将棋の竜王、竜馬は、中将棋の平(生)駒というのが、定説のようですし、白駒が大駒に、鯨鯢が大鯨に成るというように、丁寧に、更に成駒を考えなかったのは、不思議と言えば不思議ですが。
    なお、泰将棋の飛鷲、角鷹(余り深く無く、かつ金鹿等、幾つかの斜め走り駒を繰り出す、早めに出さなければならない頭駒)は、ひとつ升向こうに跳び越えが出来る為、奔王等同じように深い位置の駒よりも、早く活躍開始できる、もともと位置を苦にしない駒と認識していますが。泰将棋は序盤に、自陣をほぐすテクニックが大事になるという、独特の将棋ゲームという点も、大事なのではないでしょうか。

  • #2

    T_T (火曜日, 07 1月 2014 00:39)

    コメントありがとうございます。

    中将棋の成りの設計は特殊で、摩訶大将棋、大大将棋、大将棋に使われている考え方とは異なっています。天竺大将棋は、よく調べていませんが、成り方に関する限り、中将棋とよく似た感じです。

    成りについては、後日また投稿したいと思いますが、少しだけ書きますと、成り駒は、まず、表の駒として存在していなければなりません。「成る」対象なわけですから、現実に存在していないと、です。たとえば、鯨鯢が大鯨に成るとして、その大鯨が、どんなすごい存在なのかがわかっている必要があります。架空のものに成るというのはおかしいと考えたのではないでしょうか。師子という強い駒が、現実の盤上にいて、そして、麒麟の駒は、そういう師子の駒に成りたいわけです。

    また、成り駒に使われる表の駒は、不成りであった方が紛れがありません。大将棋、大大将棋では、この考え方がほぼきちんと守られています。

    成り駒として、表の駒ではなく、新しい駒が使われることがあります。この場合、成り駒は、明らかに「成った」ということが、わかる駒である必要があります。奔駒はこの範疇です。奔がついていれば、すでに成っているとわかります。仙鶴は、准鶏の成りですが、鳥の成りの姿であることがすぐにわかります。山母は古猿の成り、蝙蝠は老鼠の成り、これらも同様です。

    成りについては、長くなりますので、このあたりで。

    飛鷲と角鷹の位置についてですが、古典将棋では、通常、中央付近に強い駒が来ています。泰将棋では、最下段も中央寄りは強い駒です。飛鷲と角鷹の位置は、このどちらにも属していません。これに呼応して、周辺には弱い駒が目立ちます。たとえば、角鷹は、上に鉄将、左右が准鶏と古猿です。こんな位置でいいのでしょうか。

    角鷹という駒の名前だけがあった、という可能性ありです。本来、泰将棋は延年の行事に使う将棋だったかも知れませんので。中将棋に取り入れられたときに、動きが作られ、後世がその動きを、泰将棋の初期配置の図に反映させたのではないか、こういう可能性を考えています。

  • #3

    長さん (火曜日, 07 1月 2014 08:16)

    了解しました。なお、大駒、大鯨は、大局将棋に於ける、白駒、鯨鯢の成りで、実在します。大局将棋には、右(古)鵰、鴻翼、雷走等、成り駒としてだけ存在する、と私が認識している、駒の名前が多々あるようであり、(ひょっとして、江戸時代には、これを生駒とする、失われた将棋種が有ったのか?)安土桃山時代頃には有ったはずの、御指摘の規律が、相当乱れてしまっているように見えると思います。
    なお、泰将棋の配列は、丸暗記するしか私には覚えようが有りません。よって後半のお質問については、個人的に私は、今まで考えて見たこともありませんでした。ひょっとして、金鹿、角行、龍馬、鳩槃、白象、奔王、天狗、奔獏等を繰り出しにくいので、横龍と角鷹とを、最初のアイディアから、交換したんでしょうかねぇ。飛鷲と角鷹が、並んでいないのが泰将棋では、むしろ不自然なのでは?。
    またこれは、泰将棋が成立した時点で、42枚制朝倉小将棋までは成立し、存在していたのを、ひょっとして示唆しているのかもしれませんね。本将棋等に於ける飛車角と、泰将棋に於ける飛鷲、角鷹の重要度は、そう遠く無く、どちらも確かに大きいですから。2段目左右隅の方に、飛車角を置いた朝倉小将棋や本将棋のパターンに、当初の泰将棋は、習おうとして、くっつけて置いたのだが、ゲームの序盤に難があるのに作者(水無瀬兼成自身が相当に怪しいと、私は思う)が気が付いて、手直ししたのかもしれませんね。

  • #4

    T_T (火曜日, 07 1月 2014 23:35)

    コメントありがとうございます!

    駒の件ですが、大局将棋は、あまり参考にならないのではないでしょうか。なぜかと言いますと、大局将棋の作者自身が、大局将棋を将棋とは見ていないだろうと思われるからです。それに、極端に駒数が多いわけですから、新規の駒だらけになるのも仕方ありませんし。

    飛鷲、角鷹の件ですが、駒の行度が考えられていたのかどうか。五分五分かも知れません。何しろ、古文書の資料が少なすぎで、このあたり、議論の俎上にのせるのはまだ無理がありそうです。ただ、1点、象棊纂圖部類抄には、いわゆる泰将棋=延年大将棋であるとの記述が、私には、力強く迫ります。

    ともかくも、飛鷲と角鷹を新規の駒だとみるのであれば、盤上の主役の位置にないことにも納得がいくわけです。とても、中将棋の最強駒の位置ではありません。