2014年

4月

30日

88)摩訶大将棋の紹介と対局(国際奈良学セミナーハウス)

投稿がしばらくあいてしまいました。書くこと、たくさん溜まっていますが、とり急ぎ、今週末のイベントのお知らせです。また、いつものように、直前の案内となってしまっています。

 

摩訶大将棋を紹介するための展示・対局イベントなのですが、まだきちんと名称は決めていません。内容は、はじめての人には、摩訶大将棋の紹介を、摩訶大将棋ファンには、対局のお誘い、ということになります。どうぞ、お気軽にお越し下さいませ。

 

日時:平成26年5月2日(金)10:00~16:30

場所:国際奈良学セミナーハウス・研修室

内容:摩訶大将棋の紹介(はじめての人に)

   摩訶大将棋の対局(摩訶大将棋ファン向けに)

対局の用意:将棋盤&駒・2セット、コンピュータ摩訶大将棋・2セット

その他:

摩訶大将棋の駒のシール:現場にて印刷可能です。

摩訶大将棋カード:持っていきます。

主催:OECU 高見研究室

(OECU=大阪電気通信大学です)

 

住所:奈良市登大路町63番地

奈良国立博物館の北側です(車道を挟んで北側です)。県庁東の交差点の北東角にあります(角ではなく、もしかして、角の建物のひとつ東側かも知れません)。

 

近鉄奈良駅から徒歩10~15分です。JR奈良駅からですと、バスで「県庁東」下車となります。歩いても大丈夫ですが、30分前後かかるかと。

 

土塀沿いの木の門をあけて入っていただき(木の門は、鹿が入って来ないよう、いつも閉まっています)、正面が旧世尊院、その左側の建物がセミナーハウスの宿泊棟と研修室です。研修室へは、セミナーハウスに入り、入ってすぐ右の階段を上がって下さい(入ってすぐ左は、喫茶・待合いエリアとなっています)。

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    長さん (水曜日, 07 5月 2014 10:53)

    出土駒で著名な奈良の興福寺を、ぐるり、取り囲むように、摩訶大将棋の普及活動やイベントが、このところ続いて行われているのですね。何かの因縁か。はたまた神がかりか? 次は、おおかた興福寺南側の、旅館街のどこかで、摩訶大将棋の名人(?)戦でもあるんでしょうかね。

  • #2

    T_T (水曜日, 07 5月 2014 23:52)

    コメントありがとうございます!

    因縁とか神がかりとかは、ないですよ。のんびりとやっています。
    鎌倉時代のようにのんびりと(鎌倉時代が本当にそうだったのかどうか、わかりませんが)。

    ところで、旧世尊院は、興福寺の子院でしたので、かつての興福寺の境内ということになります。興福寺の境内だった場所で、摩訶大将棋をしました。

    名人戦ですが、当面、旅館は考えていないです。高くつきますから。
    第1候補としては、次の2つです。
    ○ 奈良公園(興福寺旧境内の場所) <-- 大きなテントの中で。
    ○ 郡山城址周辺

    郡山では、名人戦ではなく、まず、プリンセス金魚杯を開催できたらと思ってます。

  • #3

    長さん (木曜日, 08 5月 2014 10:49)

    そうですか。
    ちなみに、鎌倉時代はその名の通り、今と同じで。京都に中心政権が無くて、関東鎌倉が首都の時代ですよね。将棋を指していた方を含めて、興福寺付近に御住まいの奈良市付近の方は、遠い東国の鎌倉ではなくて、興福寺が国家。警備員なり建築業なり、興福寺に依存して皆が生活する。きっと興福寺の下僕の民の時代だったんでしょうねえ。この方たちが、その後南北朝時代頃に、たとえば栃木県の小山市市内に。関東へ移住した後、戦に負けて幽閉されても、彼らの魂は、興福寺の周りで指した、いろいろなタイプの将棋を指し、下野人形(しもつけひとがた)を作り、能を舞い、弓削の道鏡開祖の寺を作りあげ、奈良起源の「初瀬家の酒」を造る。奈良県の民のままだったのではないかと。神鳥谷曲輪の摩訶大将棋系の駒、「裏一文字金角行」を思い出すたび、奈良方面から関東へやってきた、関東側の摩訶大将棋関連の先人たち、今では神様か仏様たちの事が、なんとなく、しのばれますねぇ。

  • #4

    長さん (木曜日, 08 5月 2014 16:12)

    ↑訂正
    栃木県小山市の若駒酒造は、初瀬家ではなくて、柏瀬家ですね。まあ語源はいっしょの、初瀬川のはずですが。