2014年

10月

04日

115)ゲーム学会 第5回摩訶大将棋ワークショップ

ゲーム学会のWebサイトとゲーム学会メルマガでは、明日10月5日(日)の開催とアナウンスしていますが、投稿113)にてお知らせしましたとおり、ワークショップは、今日4日(土)から設営し、展示・対局を行ないました。明日は台風が近づきます。荷物撤収時に、雨が強くなりませんように。

www.gameamusementsociety.org/article.php?story=ws_maka_141005

 

今日、はじめてお会いしたyamaさんに、いろいろな件お聞きしお教えいただきました。ありがとうございました! 教えていただいた中での一番は、象棊纂圖部類抄の中将棋のところにある、仲人の記述の解釈です。yamaさんによれば、~というようにも解釈できると多少控えめではありましたが、その解釈で合っている可能性が大きいのではと感じました。次の箇所です。

 

1)不行傍立聖目内 成酔象

2)或説云居喫師子許也 仲人立聖目外

 

この部分は、投稿82)で一度問題にしており、聖目の内、聖目の外という相反する記述が謎でした。そのときは、聖目の内と外を、盤の左右方向だけで、内(中央側)と外(両端側)と考えたわけですが、yamaさんは、1)の立聖目内は、盤の縦方向で考えての内(中央側)ではないでしょうか、ということでした。縦方向でみれば、確かに仲人は内側にいます。2)の立聖目外は、盤の横方向で考えてのもので、仲人は盤の端側にありますので、こちらは、聖目の外で正しいということになります。この解釈ですと、記述の矛盾がなくなります。

 

また、2)の居喰(居喫)は、付喰の間違いではないのかという推理もお聞きしました。師子の付喰は、歩兵は確実なのですが、仲人を付喰に含ませるかどうかは確実でなかった可能性もあるそうです。このような解釈で行く場合、投稿82)の内容は、大きく修正されないといけません。

 

yamaさんの将棋盤と駒で対局
yamaさんの将棋盤と駒で対局

いつものように、天童の大きな駒も用意していましたが、yamaさんが持ってこられた摩訶大将棋の将棋盤と駒の方で対局しました。右図は、その盤面です。小さな盤と小さな駒ですが、対局には十分でした。先手は、無明の下に、竪行、飛車、奔王と繋げています。急戦模様の中飛車といった感じです。

鳳凰の成りの狛犬(彫り駒)
鳳凰の成りの狛犬(彫り駒)

「駒遊び」人さんにも来ていただきました。ありがとうございます! 左図は、鳳凰の成りの狛犬です。摩訶大将棋の鳳凰、今日、見せていただきました、まだ出来立て早々の彫り駒です。ちょっとした試作ということですが、私には、立派な普通の駒に見えます。ですが、「駒遊び」人さんが見れば、この駒のここのところが・・・という感じのようです。伎楽面の踊り駒8つを試作していただきました。ところで、この駒の写真、ブログに載せてもよかったでしょうか? 問題ありましたら、すぐ、この部分、削除いたします。

 

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コメント: 12
  • #1

    「駒遊び人」 (日曜日, 05 10月 2014 07:43)

    昨日はありがとうございました。yamaさん他教室の皆様にも~。「出来の悪い試作」駒ですが(それなりに)真剣に作ったモノです。御笑覧?あれ!
    期限までに「もうチョッとマシな彫り駒」作りますね。ちなみに駒の高さは4センチの大きなサイズです。で、駒文字の「成りの狛犬」さんは「参考の書体」から時間切迫の為「とりあえず、エイ!」とアレンジした代物で不出来は私の責任ですぅ・・・

  • #2

    mizo (日曜日, 05 10月 2014 12:13)

    yamaさんの新しい解釈、大変合理的でした。コロンブスの卵ですね。
    私も疑問が氷解しました。ありがとうございます。

    中象棋の説明の最後に付記があります。
    大きな文字で主題が書かれ、そのあとに2行で小文字の説明があります。
    最後に、「仲人」と大文字であり、その下に2行の説明が、3段あります。
    1)
    不行傍立聖目内
    成酔象
    2)
    或説云居喫師子許也
    仲人立聖目外
    3)
    鳳凰仲人等
    行度如大象戯

    1)の「不行傍立聖目内」を
    「傍に行かず(横に移動しない)、聖目の内(中央部分)に立つ」
    という解釈、お見事です。歩兵の列の前に置かれるという「仲人」の特殊性から、注があることが首肯できます。
    2)については、「或説云」ですから、異説を記載している部分です。つまり、他の部分と整合性がない、別の文献からの転載だと思われます。3)も同様だと思われます。
    「仲人立聖目外」はまさに真逆です。参考にした文献に矛盾していると思われる記述があったので、このように念のために記載したのでしょう。高見先生のご指摘のように、こちらの文は、横方向を念頭に外側に置かれることを説明しています。「仲人」の位置は歩兵の前だけでは確定しないので、図などない場合、このような説明が必要だったと思われます。

  • #3

    T_T (月曜日, 06 10月 2014 02:18)

    駒遊び人さんへ
    コメントありがとうございます!

    昨日いただきましたたくさんの根付駒、今日は子供たちに人気でした。大芸術祭のときには、入口のところのパネルに、根付駒差し上げます、みたいなコピーを入れてはどうでしょう、という意見を学生からもらいました。

  • #4

    T_T (月曜日, 06 10月 2014 02:19)

    mizoさんへ
    コメントありがとうございます!

    2)の記述で、居喰が付喰だったという可能性については、お考えいかがでしょうか。

  • #5

    長さん (月曜日, 06 10月 2014 11:33)

    局面。無明を繰り出したところからみて、先手が高見先生なのでしょうね。
    後手。下段の配列が不明な為、何とも言えませんが。
    何手か前から、悪狼取りを掛けられているようですね。
    この将棋。奔駒は、改善ルールだったのでしょうね。前のルールだと、後手の奔銅が、先手の狛犬に当たっているものの、旨く捌けないですね。私なら、改善後ルールでかつ、次の手が後手ばんなら、奔銅で、前の先手の銀将を取るでしょうか。先手が狛犬で取り返して来たら、悪狼で更に狛犬を取り、歩兵の当たりを外しますかね。銀・狛犬と奔銅との交換なら、とりあえず余り損は無いでしょう。
    象棊纂圖部類抄の時代。中将棋には獅子の居喰いや付け喰いという複雑ルールが、すでに有ったことが判り、高見先生による再度の御注意、ありがとございました。水無瀬兼成も中将棋を、今と同じく、こう理解していたという事なのですね。
    私が慌ててぱっと読むと、「聖目の内外は縦列」と聞いて読むと、
    1)は、「不行傍立 聖目内(ニテ)成酔象」
    2)は、「或説云「二」居(付)喫師子許也「一」仲人立(まだ成っていない)聖目外(ニテ)」
    と区切って更に返り点読みして、聖目内は敵陣、聖目外は中間の段、と、解釈しそうですね。
    仲人に関した所で、獅子の居喰いを表現するのは不自然な為、ここは、どちらにしても、付け喰いを居喰いと間違えたように、私にも、読めます。

  • #6

    長さん (月曜日, 06 10月 2014 14:10)

    ↑局面。奔銅は奔銀のようですね。また、奔銀は先手は狛犬ではなくて、夜叉で取り返せますね。その後、夜叉を悪狼で取り返して、奔狼が角行で取り返され、銀将を前に一歩進めて、角筋をかわし、後手、奔銀、悪狼と先手、銀将、夜叉の後手やや駒損の交換で、先手に法性が出来る筋を、とりあえず消すという展開でしょうか。

  • #7

    mizo (月曜日, 06 10月 2014 23:15)

    >>4
    勿論、可能性はあると思います。しかし、間違っていたという結論は慎重にしないと歯止めがききません。

    私は、2)3)の部分は本来の記述に対する異説を書いた部分だと考えています。
    本文にある大文字の主題は5つです。
    ①「師子居喫」②「鳳凰飛角」
    ③「龍王成飛鷲」④「龍馬成角鷹」
    ⑤「仲人」

    2)
    或説云 居喫師子許也 ←①
    仲人立聖目外 ←⑤
    3)
    鳳凰仲人等
    行度如大象戯 ←②⑤

    今、問題の”居喫師子許也”は
    ①の”師子居喫”に対応した、別表現という解釈で問題ないと思います。


  • #8

    長さん (火曜日, 07 10月 2014 10:28)

    それにしても。中将棋の獅子のつけ喰い。「仲人なら出来る」なんて、私は、初めて聞きましたね。故岡崎史明日本将棋の八段の書かれた、小冊子「中将棋の指し方」が正しい、で、私も認識していましたので。獅子の特別規則が、象棊纂圖部類抄の中将棋のところに、記載されているのも驚きですが、その「異説」の内容も、解釈が正しいとすると、驚くべきものだったと、私は思います。
    なお高見先生の投稿82)は、ざっと読みなおした限りでは、たぶん無傷では。「獅子居喰いについて。そこには書いていなかった」、というだけかもしれないと思います。

  • #9

    yama (火曜日, 07 10月 2014 23:06)

    何か言う義務がありそうな気がいたしまして...
    誤記と言うのは極力避けたいとは思っているのですが、仲人の所の記述ですので、やはり、師子、仲人両方関わる記述と見るのが自然と思います。そう思うと、少なくとも私にはすんなり来る解釈が思い浮かびません。そのまま解釈すると、(師子、仲人両方関わる記述として解釈すると)「異説では師子は仲人を居食いできる」になりますから。
    仲人の付け食いの件ですが、「中将棋の指し方」では、歩と仲人は対象外なっておりますし、現状でもそうです。故岡崎史明先生が参考にされたと思われる「中将棋指南抄」では、「歩」付け食いの対象とならないと書かれています。
    最も、ここの「歩」は「歩の格」のことと思われるので、歩と仲人は対象外であることと矛盾しません。
    ただ、単に「歩」と書かれた場合、「歩兵」なのか「歩の格」なのかは紛らわしいです。ですので、(かつて)仲人は付け食いの対象外という異ルールあっても不思議ではないのかと思います。長さんの言われるように「付け食い」、「先師子」というルールがいつ頃成立したのかは興味深い問題だと思います。
    私は、皆さんに比べて、知識が少ないと思いますので、外れた発言はお許しください。

  • #10

    T_T (月曜日, 13 10月 2014 03:50)

    yamaさんへ
    コメントありがとうございます!

    象棊纂圖部類抄の仲人のところの記述は、yamaさんから指摘いただいたことで、その後、かなり発展を見ました。後日、ブログにて投稿いたします。摩訶大将棋の復刻が、また一段と進みました。

    ところで、付喰という言葉ですが、この言葉の初出はいつごろなのでしょうか。象棊纂圖部類抄に、付喰という言葉が出ても不自然でないのかどうかを確認したく思っています。中象戯初心抄と中将棋指南抄にあたってみましたが、付喰でなく、喰添という言葉になっています。諸象戯図式にも、付喰という言葉は出てきていません。

    なお、付喰の内容ですが、3つの文献では、次のようになっていました。

    諸象戯図式(1694年)歩・仲人・奇犬で付喰不成立(ただし、師子と狛犬に対する記述) 
    中象戯初心抄(1697年)歩での付喰不成立
    中将棋指南抄(1703年)歩での付喰不成立

    象棊纂圖部類抄で、付喰が居喰となったミスも可能性としては大いにありそうです。この可能性はさておいて、考えましたのは、居喰の文面のままで解釈するものです。仲人は、捕獲することのできなかった駒だったかもという空想も含めて考えてみました。捕獲できないが、師子での居喰いは可能ということだったと。ともあれ、仲人のこの部分の記述、摩訶大将棋口伝の箇所と同じく、最重要です。この件、とり急ぎ、お知らせしたく。。。

    それと、中将棋のルールは、1700年当時は、今とは少し違っていたのかも知れません。たとえば、今の中将棋の先師子のルールが、中象戯初心抄、中将棋指南抄の先師子のルールと違っています。中将棋は棋譜が残っていますので、文献と実際の対局が同じだったかどうかは確認できますので、ここのところははっきりするように思います。付喰の件も同じくですが、私は中将棋をしたことがありませんので、このあたり、まだまだかかります。

  • #11

    長さん (火曜日, 14 10月 2014 13:30)

    「付喰」の件、1字だけ間違いに、余りこだわる必要は無いんじゃないでしょうか。 1字の書き違いでは無くて、水無瀬兼成本人の、論理的な勘違いの可能性もあるのでは。つまり「居喰」は「喰添」の、書き間違いも有り得るのではという事です。
    中将棋では。玉2回動きから自明の居喰と、獅子の特別規則「喰添・付喰・先獅子・1間空いた足のある獅子・喰添え返し取り」では、前者の方が、途方もなく昔から有りそう、との私的印象でした。西暦1694年には、少なくともその一部は、既に有るんですね。

  • #12

    T_T (水曜日, 15 10月 2014 01:30)

    長さんへ
    コメントありがとうございます!

    まあそうなんですが、付喰を居喰と書いてしまうのと、喰添を居喰と書いてしまうのとでは、やはり、間違う可能性は大きく違うだろうという点はあります。写本の決まり文句なのかも知れませんが、加一校了、と最後に書かれているわけで、いちおう、写本の後で、校正をしていたのではと思います。とすれば、喰添を居喰を書いてしまう可能性は、あり得るのでしょうが、かなり小さいと言えるでしょう。

    というわけで、いつごろから付喰という言葉が使われたのか、気になった次第です。もし、江戸時代前期には全くなく、江戸時代後期から、出始めたとするなら、付喰を誤写したという可能性は考えなくていいことになります。私は、摩訶大将棋ばかりで、中将棋をほとんど調べていませんので、この答え、すぐには出すことができません。

    それと、居喰についてですが、象棊纂圖部類抄には、「師子居喫 一枚二枚可随時」と書かれていますので、たぶん、2枚同時の居喰ができたのだろうと考えています。中将棋のルールの変更/発展の様子が、古文書からいくつも読み取れるわけで、興味深いです。