2014年

10月

30日

120)奈良県大芸術祭:摩訶大将棋イベント 3

象棊纂圖部類抄(東京都立中央図書館所蔵)
象棊纂圖部類抄(東京都立中央図書館所蔵)

今回のイベントでは、東京都立中央図書館に企画書を提出し象棊纂圖部類抄の掲載許可申請をしました。ですので、象棊纂圖部類抄の全文を展示可能です(実際、巻物を全部ほどき、長机を4つ横につないで、その上に乗せています)。また、ポスターとWebへの掲載もできます。右図は、投稿116)にて話題にしましたが、中将棋の図面の後ろにある注釈部分です。象棊纂圖部類抄のスクリーンショットは、本ブログでは初登場となります。

 

仲人の記述は3つに分かれているのではなくて、部分2と部分3はひと続きである、と投稿116)で書いたわけですが、そんなことは、実際に見てみないとわかりようがありません。いかがでしょうか。つながっているとわかった後で見ますと、逆に、どうして3つの部分に分かれていると見てしまったのか、そちらの方が不可解です。

 

展示会では、このスクリーンショットをパネルにし、キャプションを付ける予定でいますが、文章の書き方がちょっとむずかしいです。真偽は別として言いたい放題を書くのか、ひとつの仮説として書くのか、これがほぼ正しいと書くのか、ということですが、たぶん、その3つの混合体になるのでしょう。展示するのは、自分の空想でも仮説でも結論でもなく、古文書からきちんと推理するという、その解読のプロセスをうまく表現できればいいのにと思っています(ただ、もっと問題になるのは、キャプションが1日(土)に間に合うのかということでしょう)。

 

引き続き、参考文献エリアの紹介です。コーナー3には、将棋の歴史に関する文献(増川先生以外)を並べましたが、ほぼすべてが現代将棋の歴史に関するものです。摩訶大将棋までを含ませて検討した書籍はありませんが、まあこれは仕方ありません。摩訶大将棋は指されていなかったと、皆さんお考えだったからです。露伴の随筆をこのコーナーにおくべきかどうかですが、その格調高い文章は、やはり文学だろうということで、将棋と文学のコーナーに置くことにしました。それと、将棋の歴史の学術論文は、もう少しあるだろうと思いますが、読んだものだけを置いています(調査していません)。

 

コーナー4は、摩訶大将棋の学会発表分です。デジタルゲーム学科でこそ可能な研究発表なわけで、このテーマを卒論にするのは他学科ではむずかしいだろうと思います。文献としては、全くおすすめではありません。ただ、着実に進んでいますので、少し前は、どういうふうに間違っていたか、気づいていなかったのか、ということを見ることができて、研究メンバーには、なつかしく思えます。楽屋落ちのコーナーです。

 

03)将棋の歴史

---------------

将棋伝来再考、清水康二、橿原考古学研究所紀要 考古学論攷 第36冊、2013。

「庶民の遊戯である将棋」考、清水康二、橿原考古学研究所紀要 第37冊、2014。

中世日本における将棋とその変遷、大下博昭、日本研究 14巻(p23-p35)、2000。

日本文化としての将棋、尾本惠市、三元社、2002。

将棋の来た道、大内延介、小学館文庫、1998。

持駒使用の謎 日本将棋の起源、木村義徳、日本将棋連盟、2001。

将棋の民俗学,天狗太郎,作品社,1992.

将棋の庶民史、山本亨介、朝日新聞社、1972。

将棋文化史、山本亨介、光風社書店、1973。

将棋の博物誌、越智信義、三一書房、1995。

将棋歳時記、大竹延、創樹社、1992。

将棋の駒はなぜ五角形なのか、永松憲一、新風舎、2003。

囲碁はなぜ交点に石を置くのか、永松憲一、新風舎、2002。

将棋の神秘 ジャンボ将棋の世界、長尾幸治、近代文藝社、1996。

 

04)摩訶大将棋の復刻(学会発表予稿集)

---------------

古文書で読み解く摩訶大将棋、葛原一成ほか、ゲーム学会第11回全国大会、2013。

摩訶大将棋の復刻、大野峻ほか,映像表現・芸術科学フォーラム2013、2013。

摩訶大将棋の戦い方、田村一樹ほか、ゲーム学会第11回合同研究会、2013。

摩訶大将棋の対局支援ツールの開発、甲斐誠也ほか、第18回日本VR学会、2013。

摩訶大将棋のネットワーク対局、飯田聡ほか、EC2013、2013。

コンピュータ摩訶大将棋の作成と活用、高見友幸ほか、JPCATS2013、2013。

摩訶大将棋の研究 -これまでのまとめ-、高見友幸ほか、ゲーム学会全国大会、2014。

摩訶大将棋対局時における脳血流計測、中村直樹ほか、ゲーム学会合同研究会、2014。

摩訶大将棋の研究(第2報)、高見友幸、ゲーム学会第11回合同研究会、2014。

 

コメントをお書きください

コメント: 6
  • #1

    長さん (金曜日, 31 10月 2014 08:14)

    「・・許也鳳凰・・」の件ですが。個人的にはここでの御指摘までは、一応、切れるように読んでいました。「也」の字で、文が切れるような気が、漠然としてしましたので。

  • #2

    T_T (水曜日, 05 11月 2014 00:24)

    長さんへ
    コメントありがとうございます!

    「或説云」が、「行度如大象戯」にまでかかっているという点がポイントとなります。仲人は、中将棋では、左右には動けない。しかし、ある説によれば、大将棋と同じ動きをするらしい(中将棋と大将棋で動きが異なると、言外で示してます)、という解釈になります。つまり、大将棋では、仲人は、左右に動けたのです。だから、中将棋のところの注釈に、仲人、不傍行、と、わざわざ書いたのでしょう。注意しましょう、ということです。でなければ、仲人だけ取りたてて、駒の動きを書くことの説明ができませんので。

  • #3

    長さん (水曜日, 05 11月 2014 10:00)

    本項に御紹介の写真だけを拝見した限り、↑の御説の箇所で、鳳凰と仲人しか例が出てこず、最後に「等」と記載されている理由は、駒の動かし方のルールで議論が出ているのが、たまたま鳳凰と仲人の2種類の駒だけだからのようにも見えます。つまり、「等」は、仲人と鳳凰以外の中将棋にある、駒の表側のすべてと、成り麒麟、成り酔象の動かし方が、後期大将棋と同じと言う意味だと言う事です。この写真の中に、獅子の詳しい動かし方が無い事と、飛鷲、角鷹については、もともと後期大将棋には、存在しない裏駒なため、除外され、「鳳凰と仲人だけ説明したが、それについては、後期大将棋と中将棋とは同じ。他の駒の表側のすべてと、成り麒麟、成り酔象の動かし方も、後期大将棋と同じ。」と言いたいように見えると言う事です。それは「異説」でなくて、「通常の説」なのでは。だから、やっぱり「也」で切れてて、御説明のようには、この写真では異説の説明が続いていないように、私には見えますね。
    そもそもこの写真では情報が不足なのではないでしょうか。中将棋と後期大将棋の図も御紹介の上、更に上記を議論されてはどうでしょうか。「象棊纂圖部類抄の少なくとも一部の版では、後期大将棋の鳳凰には動かし方の記号が無い」とか、「仲人の動かし方については、象棊纂圖部類抄の少なくとも一部の版では、中将棋、後期大将棋の図とも両方前後になっている」とか、このブログでは未出の重大情報が、確か有ったように私は記憶するのですが。どうでしたかね。

  • #4

    T_T (木曜日, 06 11月 2014 02:05)

    長さんへ
    コメントありがとうございます!!

    前半部分、いただきましたご意見どおりの可能性はあると思います。ただ、可能性という点で非常に小さいと考えます。却下まではできませんが。。。理由は、次のとおりです。

    1)飛鷲と角鷹はともかくとして(一般には、なじみのない駒だったということです)、駒の動きの註釈は、仲人と鳳凰の2駒だけです。表裏合わせ多くの駒の中で、なぜ、この2つだけを取り上げたのかを考えてみる必要があるでしょう。師子や猛豹や奔猪も取り上げず、なぜ、仲人と鳳凰だったか、ということです。長さんの説にたつ場合、これに対する説明がむずかしいのではと思います。

    2)特に、仲人は二中歴からの駒ですので、この駒にわざわざ「不傍行」と註釈までつける必要があるのかという点が、手がかりになります。これを、後の「或説云・・・行度如大象戯」の意味と関連させ、投稿116)や本稿のコメント#2の解釈になった次第です。つまり、仲人の「不傍行」や鳳凰の「不如飛龍」は、駒の動きを説明しようという意図ではなく、動きが変わったので注意せよ、ということだと考えました。

    3)仲人鳳凰等=仲人・鳳凰・麒麟、ということになります。大将棋をもとにして中将棋が作られたとき、動きの変更があったのは、仲人・鳳凰・麒麟の3駒だけでしょう。

    4)鳳凰と麒麟が、もともとは踊り駒だったことは、伎楽面と踊り駒の対応を根拠にしているわけですが、むしろ逆に、「鳳凰 不如飛龍」の記述を、鳳凰が越しの駒でなかった傍証に挙げることができるのかも知れません。

    いただきましたコメントの後半部分、ご指摘どおりです。皆さんが象棊纂圖部類抄を全部知っているものとして、投稿を書いていますので、確かに肝心の部分がわかりません。ある意味、非常に鋭いご指摘かと。。。

    象棊纂圖部類抄には、中将棋のところも大将棋(15マス)のところも、仲人には、動きの方向を示す朱色の点が打ってあります。その仲人の動きは、前後に1目です。本ブログでの仮説を反映するものではありません。では、仲人が横にも動くという仮説は、何なんだと言われるかも知れませんが、復刻や解読とは、そういうものだと考えます。全部すべてがはっきりと書いてある古文書があるのなら、そもそも、解読も復刻もあり得ません。誰が読んでも古文書のとおりで、解読する必要はないわけです。そういう意味では、象棊纂圖部類抄は、少しだけある注釈の中に、ほんとに必要最低限の手がかりを残してくれている絶妙の記述、ロマンあふれる文献でしょう。

    また、解読の問題は別として、摩訶大将棋で、歩兵の前にいる仲人が横にも移動できることで、戦略が大きく広がることを考えていただけたらと思います。それと、前後左右に1目歩くという駒が、象棊纂圖部類抄の6種の将棋の中に存在しないというのも不思議に思われませんか。そういくことも含め、前後左右に動く仲人にどうか賛同いただければと。。。

  • #5

    長さん (木曜日, 06 11月 2014 09:34)

    象棊纂圖部類抄の中将棋の図の後解説で、仲人を抜き出して取り上げた理由ですが。
    「獅子の規則で、『付け喰い』に異説がある事を絶対に示したいため。」に私は賛成しておきます。また、「(標準)ルールで、横隣りの升目に行けない。敵陣(聖目内)で酔象に成る」の記載は、「形式的前づけ」程度でも説明できる範囲との説で行きます。なお中段の「獅子の規則関連(?)」の記載は、安土桃山時代の時点で既に、中将棋のルールは、相当に精細になっていたという事実を示しているように思い、今でも記載されている事に感謝したい部分と感じます。
    次に。
    象棊纂圖部類抄の中将棋の図の後解説で、鳳凰を抜き出して取り上げた理由ですが。
    このブログでも御指摘のように。鳳凰については、「踊り駒」か「跳び駒」かの論争が、当時も有ったからなのではないでしょうか。私には後期大将棋の飛龍。平安大将棋の定説「角行」ではなくて、象棊纂圖部類抄では、「踊り2目」を推薦しているような気がしてなりません。それに対し、鳳凰は、踊りにすると、1歩目が「縦横」なのか「斜め4方」なのか不明な為、象棊纂圖部類抄の時点で、ほぼ「斜めは単純跳び」に、固まっていたように、この記載部分からは見えます。こうした類の問題が背景にある為、「鳳凰だけ、抜き出して中将棋の図の後で解説した」の説で私は行って見ます。
    蛇足ですが。(あんまり固執もしてないですが。)象棊纂圖部類抄では、鳳凰のルールは、良く見かける普通の鳳凰の動かし方を、推薦しているように見えるんですが。どうでしょう。(このブロクでの御解説と、パターンが逆ではないかと言う事です。)
    以上も踏まえて。仲人の動きはどっちでも良いの立場です。つまり、
    仲人のルール改定ですが。奔人が飛車に成る事もかなり重大と見てます。奔人を蝙蝠にして遊んでいる身ですので、後者の点でも私は反対できません。
    つまり、
    象棊纂圖部類抄の御解明による結論と言うのでしたら、それはそれとして。
    普及が前提なら、私なら生の仲人は元のままにしますね。「現行の中将棋等の普及ルールを否定する、鮮明な古文書根拠が出て来る等、もっともらしい理由が生じるまで、平成の時代でメジャーなルールに合わせた方が、普及には便利」との意識が、私には無意識に働くと思いますので。
    御連絡の通り、象棊纂圖部類抄の(後期)大将棋の(右)仲人に、かなり鮮明な前後点が付いているように、私が認識しているのが、残念な所だと感じます。

  • #6

    T_T (水曜日, 26 11月 2014 23:21)

    長さんへ
    コメントありがとうございます!

    今日、いままで書いていなかったコメントの返信を全部まとめて書いていますので、ずいぶんと返信が遅くなってしまいました。仲人は横に動きます。これはそう思いたいという話ではなく、事実としてそうです。この件、私は教えてもらった方ですので、本ブログでは、当分は発表はしませんが、いずれどなたかがどこかで発表されると思います。

    奈良県大芸術祭からは、ずっと、仲人は上下左右に1目ということで指しています。奔人は飛車の動きです。より面白くなりますので、是非お試し下さい。同じく、鳳凰の踊りと狛犬成りもおすすめします。より面白くなり、しかも、より復刻に近づくといういいことずくめです。