2016年

8月

26日

192)TGS2016: 2)復刻された将棋であるということ

摩訶大将棋は復刻された将棋です。私たちの研究室で対局している摩訶大将棋のルールは、

可能な限り、古文書の解読に基づいています。

 

ただ、ごくまれにではありますが、摩訶大将棋のルールはこう変えた方がいいのではないでしょうかと主張される方がおられます。しかし、私はそういう考え方に全く興味が持てません。平安時代に指されたとおりの摩訶大将棋を今そのままに指すということに意味があると考えます、昔のとおりということ自体が面白いのです。ルールを勝手に変えた摩訶大将棋、それは現代摩訶大将棋と呼ばれるべきものでしょうが、その現代摩訶大将棋を指したいとは全然思いません。

 

ところで、物事はうまくなっているもので、古文書のとおりに復刻したルールが、つまり、当時の摩訶大将棋のルールが結局一番面白いという結果になりそうです。そもそも面白くなければ、千年近く前の将棋が、古文書のくり返された写本の中に脈々と伝わることもなかったでしょう(※)。

 

今まで、摩訶大将棋は駒を並べただけのもので、対局されたことはなかっただろうと考えられていました。なぜなら、対局しても面白くなかったからです。これがルールだろうというルールでもって、研究者が対局を試み、愛好家が対局を試みたのでしょうが、面白くなかったのです。確かに面白くありません。しかし、それはルールの解釈だけの問題でした。古文書をきちんと解読すれば、これまでルールとされていたものは間違いだったと言わざるを得ません。次稿で、この具体例をいくつか示すことにします。

 

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※)こうした観点からは、平安将棋と平安大将棋についてはまだまだ考察が必要だと考えます。または、二中歴の記載が正確なのかどうかということまで考えるべきかも知れません。