2016年

9月

07日

194)TGS2016: 4)仲人の駒はペルシア伝来か

Tamerlane chessの別バージョン(アラビア語の文献)
Tamerlane chessの別バージョン(アラビア語の文献)

将棋の伝来元としてのペルシアについては、これまでも何回か書いてきました。たとえば、投稿188)、182)、179)、176)、157)等で、古代ペルシアの将棋Shatranjとその大型系列を取り上げてきました。

 

日本の将棋の起源が議論されるとき、たいていは、中国からの伝来か、または、東南アジアからの伝来を考えるのが普通です。その際、皆さんが思い浮かべているのは、現代将棋か小将棋であって、大型将棋については全く考慮されていません。その大きな原因としては次の2点でしょう。

 

1)将棋は小さい将棋から大きい将棋へと発展していったという先入観がある。

当然、小将棋が一番始めという前提ですから、起源を考える際には、小将棋のことしか問題にされていないように思います。

 

2)大型将棋は対局された将棋ではなかっただろうという思い込みがある。

大型将棋は遊戯としては重要でないということで、考えの対象から自然に外れてしまうのかも知れません。

 

ところが、世界の将棋との類似性という観点で見てみれば、これまで無視されてきた大型将棋の方に多くの類似を見ることができるのです。詳細については、上記しましたこれまでの投稿を参照していただくとして、本稿では、思い切り踏み込んで、大型将棋と大型チェスの関係性まで空想してみたいと思います。

 

まず、冒頭の図面ですが、大英博物館のアラビア語の文献:ms7322からです。

図は、14世紀のTamerlane chess(チムール朝の将棋)から派生したShatranjの大型系列とされていますが、まだまだ不明な点は多いようです。ところで、この将棋には、pawn(歩兵)の列の上にまだあと3つの駒が並んでいます。まるで仲人の駒のようではないですか。長くなりますので、続きは、以下のリンクにて。

 

さて、将棋類の初期配置ですが、歩兵が最前列で並ぶのが普通です。チェス、シャンチー、シャトランジ、マックルック等、世界の将棋類を調べる限り、歩兵の列の前に飛び出した駒をもつのは、摩訶大将棋系列の将棋(※注1)の他では、上図に示した大型Shatranj:ms7322しかありません。中世のスペインやドイツには大型チェス系列が存在しましたが、それらも皆、最前列には歩兵(Pawn)だけが並びます。

 

ペルシヤと日本だけに見られる、この初期配置の一致。これをどう見るべきでしょう。上に飛び出した仲人相当の駒は、それぞれの場所で独立に創案されたのか、ペルシアの形式が日本に伝来したのか、でなければ、日本からペルシアへと伝搬したものか。ただ、この初期配置の一致は、どうも偶然ではなさそうです。なぜなら、摩訶大将棋系列と大型Shatranjには、もうひとつ別の一致が見られるのです。

 

大型Shatranjには、成るとPrince(王子)になる駒があります。この駒ができた場合、たとえKing(玉将に相当)が取られたとしても負けではなく、勝つためには、KingとPrinceの両方を取らねばならないというのが、大型Shatranjのルールです。摩訶大将棋系列のルールと全く同じではないですか。

 

しかも、Princeになる駒は、初期配置では、Kingのちょうど前にあります。この点でもまた、酔象と玉将の位置関係のとおり。さらに、このPrinceのルールが、世界の他の将棋類には見られず、摩訶大将棋系列と大型Shatranj系列だけの特徴でもあります。独立に創案されたとは考えにくいのではないでしょうか。

 

なお、途中に位置する中国の影響をどう考えるかという問題が残るのですが、中国の将棋(シャンチー)は、大型Shatranj系列とはかなり異なります。仲人相当の配置もなく、王子相当の駒もありません。多彩な成りのルールもないのです。仮にペルシアからの伝来を想定したとすれば、中国は素通りしたということになります。ペルシアから来た伎楽面が、ちょうどこの伝来形態で、中国には伎楽面が全然残されていないのに、正倉院や東大寺に多数伝わっています。

 

(この話題、あと2週間ほど置かせて下さい。ここから、大型Shatranj系列の説明をしないとその先に進めないのですが、予想したよりも文章がずっと長くなりそうです。TGS2016に向けた話題からも遠ざかっています。中途半端で終わり、すいません。)

 

※注1)

中世の古文書に名前がきちんと登場する大型将棋(摩訶大将棋、大大将棋、大将棋、延年大将棋、中将棋)を考えたとき、その発展の出発点が摩訶大将棋だったことはほぼ確実ですから、これらの大型将棋を摩訶大将棋系列と呼ぶことにします。もちろん、まだ見ぬ古文書に未知の将棋Xが存在しているかも知れません。ただ、UFOを見た見ないの議論を避けるとすれば、将棋Xは存在しないものとして議論を進めていくのが、大型将棋史の正しい方法論だと考えます。

 

なお、平安大将棋が、摩訶大将棋系列なのかどうかは、あとしばらく問わずに行きます。この件もまた大きな問題を含みます。後日の投稿になります。