10)踊りの強化が摩訶大将棋

 大型将棋の駒の機能が、1)走り、2)踊り、3)成り、の順に発展していったものとし、平安大将棋から大大将棋への成立順を次のように考えてみました。なお、平安大将棋から大将棋の間には多少のギャップがありますので、プレ大将棋(仮名称)の存在を想定しました。この考え方(古文書にはない将棋を想定してギャップを埋める)は、yahoo!のブログ:将棋の歴史(妄想)のブログにて提起されており、同じ考え方を使わせていただきました。

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1)平安大将棋:
飛車・角行・龍王・龍馬・奔王の不在
踊りの不在

 

2)プレ大将棋(仮名称)
飛車・角行・龍王・龍馬・奔王の出現
猛牛・飛龍の出現(2目踊り・正行度)

 

3)大将棋:
師子の出現(不正行度の踊り)
麒麟・鳳凰の出現
成駒は3つだけ、残りはすべて不成

 

4)中将棋:
師子以外の踊りを排除
多彩な成り

 

4)摩訶大将棋(=摩訶大大将棋):
狛犬・金剛・力士・羅刹・夜叉の出現(3目踊り)
摩羯・鉤行の出現(2回走る駒)
多彩な成り

 

5)大大将棋

3目踊りの排除・5目踊りの出現(奔獏・奔鬼・鳩槃・夜叉)
天狗(=摩羯)・鉤行の不成り、天狗・鉤行への成り等、駒の力の増強
多彩な成り
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 摩訶大将棋を経て大大将棋が成立したのは、いろいろな点から確かなようです。本稿では、全体の成立順を
1)--> 2)--> 3)--> 中将棋
1)--> 2)--> 3)--> 摩訶大将棋 --> 大大将棋
と考えています。大将棋は摩訶大将棋/中将棋への分岐点となるわけですが、この発展的分岐では、成りを強化するという点が共通です。その上で、摩訶大将棋派は、盤面を広げ、踊りを強化しました。大大将棋では、さらに踊りが強化されています。一方、中将棋派は、盤面を狭め、駒数を減らしました。踊り駒は師子だけを残し、飛龍、猛牛、桂馬の列、つまり踊りと越しの列を削除しました。中将棋で伝統的な桂馬の駒が取り除かれた意味合いは、踊りという観点でみるのが自然かと思っています。

 

 プレ大将棋と中将棋の間に大将棋をはさむことで、中将棋への進展の際には、多くの改造(師子、麒麟、鳳凰が出来た上に、成りも多彩になった)をする必要がなく自然な成立となります。また、個人的には、中将棋の成立が多少とも遅かった(摩訶大将棋の成立がかなり早くに起こった)と考えていることもあります。この点は、順次書いていきたいと思います。

 

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コメント: 2
  • #1

    溝口和彦 (土曜日, 10 3月 2012 23:33)

    大変興味深い説で、勉強になりました。
    ただ、ブログでは、1)->2)->中将棋->3)->摩訶大将棋->大大将棋
    という説です。
    また、踊りは、インドで将棋が作られたときからあったと今は考えています。(桂馬の動きも踊りだと思います。)
    最後に、『普通唱導集』の記事から、2)では飛車が最強の駒だったと思います。

  • #2

    長さん (月曜日, 12 3月 2012 12:00)

    本項では、観点から外れ、記載が単純化しましたが、平安大将棋
    の成りについて、別の所ででも論じるを希望しておきます。
    「後期大将棋に不成りの駒が多い」という記載の点につき、
    そこで必要なら、ある事実につきコメントするつもりでおります。