116)仲人の駒の謎:象棊纂圖部類抄より

摩訶大将棋の復刻はもうこれぐらいで終わりだろうと思っていると、思いもよらないところから新しい発見がやってくるという、そういうことのくり返しです。本稿、ちょうど推理小説の謎解きのようでもあります。

 

象棊纂圖部類抄の中将棋の図面の後ろに、師子の居喰、鳳凰、飛鷲、角鷹、仲人に関する注釈があります。仲人に関する部分は、投稿82)でも一度議論しましたとおり、次のように、文章を3つの部分(それぞれ、2行の文章)として解釈してきました。

 

部分1)不行傍立聖目内 成酔象

部分2)或説云居喫師子許也 仲人立聖目外

部分3)鳳凰仲人等 行度如大象戯

 

実は、これが、完全な間違いだったということです。部分2)の左側は、部分3)とつながっているのです。部分2)と3)は、実物では、一続きになっているように見えます。ただ、これは、写本のときの字の大きさの加減で、本来、空くべきスペースがなくなったのだろう、これまではそう考えていました。しかし、この文章は、見たとおりに、もともとから一続きの文章だったわけです。ここは、次のとおり読むべきでしょう。

 

部分2)或説云居喫師子許也 鳳凰仲人等行度如大象戯

 

或説云(ある説云く)は、次の2点を指しているものと思われます。

A)中将棋の仲人に対して、居喫師子が可能

B)中将棋の鳳凰・仲人は、大将棋(15マス)の鳳凰・仲人と同じ動きである

 

さて、これをどう解釈するかということですが、「ある説云わく」という注釈がつくということは、つまり、普通はそうではないが、、、という事実が言外にあるわけです。たとえば、B)は次のような解釈となります。まず、仲人からですが、

 

解釈1(仲人の動き):

普通、仲人は前後に1目だけ歩くが(これは、中将棋での仲人の動き)、ある説によると、この動きとは違って、大将棋(15マス)の仲人と同じ動きらしい

 

こう読むと、大将棋(15マス)の仲人の動きは、前後に1目ではない、ということになります。ただ、これは、非常に考えやすくもあります。大将棋には、前後に1目だけ歩く土将の駒があるからです。ところで、違う名前の駒が同じ動きをするのは、将棋の駒すべての中でも、仲人と土将だけです。これは奇妙なことでしたが、実は、仲人は前後に1目だけ歩く駒ではなかったということでしょう。

 

では、本当の仲人は、どういう動きなのか。これのヒントになるのが、部分1)に書かれている「不行傍」という注釈です。仲人傍らに行かず(=仲人は横には進まない)ということですが、なぜ、仲人のわかりきった動きを、わざわざに書き記したのかというと、この点は注意しなさいよ、ということだったからです。大将棋(15マス)では、仲人は横に行けるが、中将棋では、仲人は横に行けません、ということで、つまり、これが、上記のB)の解釈となります。

 

たぶん、大将棋(15マス)の仲人は、前後に1目歩き、横にも1目歩く駒だったのでしょう。そして、この前後左右に1目だけ歩くという動き、かなり基本的な動きなわけですが、象棊纂圖部類抄には、この基本的動きの駒が見当たりません。このことも、本稿の推理の妥当性を裏付けます。もし、仲人がこれまで思われていたのとは、別の動きの駒だったとして、どういう駒の動きを割り当てることが可能かと考えてみて下さい。実は、前後左右に1目だけ動くという、この動きしか、駒の動きには「空き」がないのです。

 

次に、鳳凰の動きを取り上げます。基本的な考え方は、仲人の場合と同じです。

 

解釈2(鳳凰の動き):

普通、鳳凰はななめ方向に1目を越して2目に進むが(これは、中将棋での鳳凰の動き)、ある説によると、この動きとは違って、大将棋(15マス)の鳳凰と同じ動きらしい

 

もうだいたいおわかりだと思いますが、大将棋(15マス)の鳳凰は、中将棋の動きとは違って、ななめ2目に踊る駒だったわけです。その点を、上記B)では書いています。さらに、象棊纂圖部類抄の同じ箇所には、鳳凰に関する次のような注意も添えられています。

 

鳳凰飛角 不如飛竜(鳳凰角に飛ぶ 飛竜の如くにはあらず)

 

これは、上記B)の文言と同じく、中将棋では、鳳凰はななめ2目に越す駒である、飛竜のように、ななめ2目に踊る駒ではない、とわざわざに言っているのです。なぜ、そういう注意をするのかというと、もともと、鳳凰はななめ2目に踊る駒だったからです。ここのところの経緯、伎楽面と踊り駒の対応の投稿に合わせて、後日投稿いたします。

 

以上の件、大将棋が中将棋よりも先行していたということの、ひとつの文献的な証拠にもなりそうです。上記A)の解釈をとばしてしまいましたが、この件についても、後日の投稿といたします。

 

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コメント: 9
  • #1

    長さん (火曜日, 21 10月 2014 08:58)

    私も、象棊纂圖部類抄に於いては、後期大将棋(130枚)が、中将棋よりも前からあるように、書かれている事だけは確かだと認めます。書の中将棋の図と、大将棋の図は。成りが大将棋の方が少ないため、後期大将棋の方が、元々古風な感じなのですよね。
    象棊纂圖部類抄の作者が、後期大将棋を「後期大将棋」とは書かずに「大将棋」と書いたからには。もともと大将棋の実態が、その時点(1443年)では既に中将棋に隠れて曖昧なため、「付け加えをしてしまった。」とは、「1443年」時点での著者の立場としては、書けないだろうと思いますので、「大将棋をまねて中将棋を作成。」と、それっぽく書くのでしょうね。
    もともと「中」を「大」より先に考えるのは、論理的に不自然な訳ですし。
     今議論されている部分は、鳳凰仲人等の「等」は、その他全種類の中将棋の駒の表を指しており、「中将棋に於いては、その動きに関して、(いにしえの)大将棋を全部踏襲している」の意味かと私は思いました。書き加えの意図は、成りの中に飛牛等、後期大将棋に無くて中将棋に有るものがあり、中将棋の所で、一例を挙げれば「飛牛」の動きの説明を、しなければならなかったからだと、私はこの部分解釈します。

  • #2

    長さん (火曜日, 21 10月 2014 16:45)

     つまり象棊纂圖部類抄の作者の、130枚制後期大将棋の駒の動きのルールについての認識は、中将棋の図に続く、「大将棋」の図の通りに思え、本項本文の、解釈1、解釈2については両方とも、ざっと読んだだけでは私には、意図が全くつかめません。御説のような技巧を特に施さなくても、後期大将棋の方が中将棋よりも早いような雰囲気で、象棊纂圖部類抄で作者は書いているように思えます。つまり、
    仲人の動きに関しては、象棊纂圖部類抄の大将棋の図では、前後1歩づつとなっており、鳳凰の動きについては、斜め四角について、たぶん白丸を跳び越えて、黒丸の所に行く、通常の動きを主張しているようだと言う事です。
    そして、両方とも、「大将棋」のこれら2種の駒の動きを、中将棋でも踏襲したと、普通に言っているのではないのでしょうか。
     なお冒頭の私の文面も、多少判りにくいため更に補足すると、象棊纂圖部類抄では今述べたように、後期大将棋が父親、中将棋が子供のように読み取れる。がそれは事実ではなくて、本当は中将棋が兄、後期大将棋が実は弟であり、但しこの弟は、本当の父親の普通唱導集大将棋のふりをしていると、私は書いているのです。

  • #3

    T_T (火曜日, 21 10月 2014 20:32)

    コメントありがとうございます!

    摩訶大将棋の指し手、長さんともあろうお方が何を言われるやら。とり急ぎにて返信しますが、本稿、大将棋先行の件は二の次です。言いたいのは、仲人は横にも行けます、ということだけです。横にも動ける仲人で、一度、摩訶大将棋を対局してみていただけませんでしょうか。戦術の、この大きな広がり!

    鳳凰と麒麟が踊り駒だということも、本稿の解釈で決定的になりました。それと、ご指摘いただいた「等」の件、すべての駒ではなく、鳳凰仲人等=鳳凰・仲人・麒麟、だと考えています。大将棋から中将棋への発展で変わったのは、この3駒だけでは。

  • #4

    長さん (水曜日, 22 10月 2014 09:32)

    摩訶大将棋で、仲人を嗔猪とか、天竺大将棋の犬に変えるという話ですが。
    私の場合はへぼなもので、ほとんど影響ないと思います。序盤は角上の仲人歩兵は、もともと不動。どっちにしろ仲人に序盤手を掛けて動かすと、角行と横飛の交換になり、ついで横行が金に失活する展開を、呼び込んでいるだけと見ています。
    なお後期大将棋の御説明をされているようなのに。後期大将棋の仲人を嗔猪とか、天竺大将棋の犬に変えるという、御質問が無いのは不思議ですね。
    こっちの方は面白くなると思います。仲人が横に動かせれば。序盤に角行・龍馬の使い方のパターンが増加する。奔王先の歩を序盤に突く、普段は、やりにくい戦術が仲人の位置を調節してとれる。中央5段内で、仲人を使った捌きができる可能性が有る等、かなりの変化があると思います。
    中央部での仲人の捌き。間が7段ある摩訶大将棋だと遠いのと、摩訶大将棋だと成り歩兵が発生するケースが多いため。その捌きの作戦に隠れて。変則仲人の効果は、イマイチ薄い。この点はどうでしょうね。

  • #5

    長さん (水曜日, 22 10月 2014 09:39)

    あっ。そう言えば、ここの研究室ルールでは、自陣では横行。角取って成らないんですね。失礼しました。しかし1443年時点で、成りのルール。整備は完了していて、その成りのルールを踏まえて、仲人を横動きにするほど、話が精密だったんでしょうか。

  • #6

    長さん (水曜日, 22 10月 2014 10:24)

    蛇足ですが。その変則仲人。成りはどうしたんでしょうか。奔猪(高見研究室)か。飛車か。はたまた蝙蝠の動きか。個人的には蝙蝠の動きは、「奔人」という名称を使って覚えやすいので、PCで遊ぶときには、Shogi Variantsの奔人を、蝙蝠の動きに変えて、私は遊んでましたね。表の仲人は天竺大将棋の「犬」の動きには、しませんでしたが。

  • #7

    T_T (木曜日, 23 10月 2014 01:43)

    長さんへ
    コメントありがとうございます!

    仲人の件ですが、仲人を・・・に変えるとか、変則仲人とかいう表現を使われておられますが、そういう意図ではなく、大将棋(15マス)と摩訶大将棋の仲人の復刻と考えています。

    根拠なく、仲人をこういう動き方にしてみたらどうでしょうか、という話ではありませんので誤解なきようお願いします。嗔猪や天竺大将棋の犬の駒を話題にされている件、よくわかりません。仲人の駒と何か関連がありますでしょうか。

    摩訶大将棋の場合の成りですが、奔駒のルールに則って、奔人=飛車の動きと考えています。仲人と居喰い師子の件、まだ投稿していませんので、ここまでの投稿ですと、まだ不完全ですが、とりあえず、仲人が歩兵に後ろにつくことができたり、横歩取りができたりしますので、かなり戦局に影響します。

  • #8

    長さん (木曜日, 23 10月 2014 07:55)

    私の言う嗔猪は、後ろに一歩行けます。wikipedia嗔猪と言った方が良いですかね。高見研究室の摩訶大将棋で知られる嗔猪ではありません。天竺大将棋の犬は、同系統の働きの変化を引き起こすため、例として出してみました。御説の意図は、「大将棋(15マス)と摩訶大将棋の仲人」が、たとえば古文書図面として、具体的にどこに記されているのか依然不明であると言う点を除けば、ほぼ理解しているつもりです。

  • #9

    T_T (木曜日, 23 10月 2014 23:39)

    長さんへ
    失礼しました!

    wikipedia嗔猪のことでしたか。wikipediaは全く見ていませんが、wikipediaは、たぶん、諸象戯圖式(1696年)を参照したのでしょう。本ブログでは、象棊纂圖部類抄(1592年)のみを参考に、解読してきました。古い将棋の解読には、より古い文献が妥当と考えます。まして嗔猪の駒が使われたのは、鎌倉時代ぐらいまででしょうから。

    それと、象棊纂圖部類抄の仲人の解釈、ご理解いただきありがとうございます。何段かの推理がきっちり結びついていますので、仲人が横に行くという解釈でほぼ問題ないと思っています。記述がこれだけ明解な場合、もう図面はあってもなくても同じことかも知れません。