146)将棋の駒の生命力

前稿からの続きとなります。投稿145)では、鳥獣戯画の乙巻の最後に描かれている獏の絵と、出土した奔獏の駒とを結び付けましたが、実は、それだけではありません。


乙巻の絵巻の最後のあたり、描かれている動物が強さの順に並んでいるとすれば、その最後の3つ、つまり、強さのベスト3は、獏、象、龍ということになります。さて、ここで、古い時代に出土した小将棋以外の駒のことを思い出してみて下さい。全部で4つあります。そのうちの3つは、川西遺跡の奔獏、興福寺の酔象、中尊寺の飛龍です。古代ないし中世前期という古い時代の出土駒3つは、乙巻の最後の強い3頭に一致するのです。これを、単に偶然の一致とみても問題はないでしょうが、そうみるならば、この件はこれでおしまいということになります。


以下、雑感と空想です。

投稿40)に書いているのですが、上清滝遺跡の王将の出土駒の件です。この件、後日談があり、間近に出土駒を見せてもらっています。駒の裏も見せてもらえないでしょうか、と聞きますと、どうぞ、ということで、透明のふたを開けてもらって、駒を裏返しました。そして、その後の1週間ほど、私は寝込んでしまうわけです。昔の王将の駒を触ってしまったからだろう、そういう気持ちになったことを覚えています。出土駒は、すごい威力なんだなあと。


1000年ほど前の駒が、いま現れてくるわけですから、その点だけでも、やはり、すごいことではあります。駒の持つ生命力と言えばいいでしょうか。加えて、古代の将棋が陰陽道の一部だということ、そのことも関係するのかも知れません。とにかく、遊戯となる前の将棋の駒、陰陽道の神事と関わっていた駒、そういう呪術の駒が、1000年ほど経って地面の下から現れて来るわけです。駒の持つ呪術の力も、それはすごいものではないでしょうか。


奔獏、酔象、飛龍が地面の下から現れた、それは、強い駒だから、力のある駒だからです、と言ってしまうのは、まあ、多少はおかしいでしょう。ただ、そういうことがあっていいのではと思うこともあります。ともあれ、今出てきている、奔獏、酔象、飛龍の駒は、とても強い駒だったのでしょう。数多くある駒の中、偶然にひとつ掘り出されたわけではないのです。奔獏も、酔象も、飛龍も、見つかるべくして見つかったというべきかも知れません。

 

最後に獏の話を。

獏は、現代日本では、動物園にいる獏を思い出すとおり、獣の一種でしょう。そして、古代中国にあっても、獏は、獣の一種だったようです。しかし、古代日本では、獏は獣ではなく、麒麟、鳳凰、龍と同じく、霊獣だったらしいのです。獏は日本に伝わってから霊獣になったという珍しい存在です。これは、遣唐使の廃止以降、いろいろな日本独自文化に見られる、日本的熟成のひとつなのではないでしょうか(まだ不勉強です。こういう解釈は間違っているかも知れません)。時代は前後に振れるかも知れませんが、平均値で言えば、平安時代後期、摩訶大将棋シリーズの創生は、まさに、霊獣の獏と同じ、日本的熟成の例だったかも知れません。