169)普通唱導集「仲人嗔猪之合腹」の解釈:仲人は横に動く

以前の投稿140)にて、仲人の動きについて取り上げました。この件は、単に仲人の動きだけの問題ではなく、大型将棋の歴史解明に関わる重要なポイントになりますので、本稿にて再考の上、きちんとまとめておきたいと思います。


仲人は、摩訶大将棋、大将棋、中将棋にあります(延年大将棋にもありますが、延年大将棋は対局のための将棋ではありませんので除きます。また、平安大将棋には、注人という駒がありますが、こちらの方は後日にします)。中将棋が現代にまで伝わっていますので、中将棋のルールどおりだとすれば、仲人は前後に1目歩くということで何も問題ありません。また、象棊纂圖部類抄を見ても、動きを示す朱色の点は前後に1目です。やはり、何の問題もないはずで、そう思われる方が大多数でしょう。


ところが、象棊纂圖部類抄の中将棋の後にある注釈文からは、仲人の動きは、中将棋が作られたときに変わったらしいのです。まず、結論から言いますと、もともとの仲人の動きは、中将棋のものとは違っており、前後だけでなく横にも1目歩くことができたようです。摩訶大将棋と大将棋の仲人は、前後にも左右にも動くことのできる自由さを持っていました。また、仲人の動きが変更されたのと同じく、中将棋の成立時には、麒麟と鳳凰の動きも変わったと考えるのが妥当です。摩訶大将棋、大将棋では、麒麟と鳳凰は踊り駒だった可能性が高いでしょう。中将棋が創案された際、ほとんどの踊り駒は取り除かれてしまい、師子だけが残ったようです。


本稿では、以上の点をいろいろな観点から読み解いていこうと思います。


まず、検討すべき材料は、今年2月に開催されたゲーム学会のラウンドテーブル「将棋の歴史について考える」での久保さん(島本町教育委員会)の発表です。象戯圖(水無瀬神宮所蔵)の復元に関する発表でしたが、注目の箇所は、大将棋の部分です。


象戯圖の大将棋の仲人には、前後と左右に4個の朱色の点が付いています。もちろん、この記載だけで、仲人は横にも動きますと結論するわけではありません。以下、4点、この記載を支持する論拠を挙げていきます。


1)象戯圖の大将棋の箇所、右側上部に書かれたコメント文

コメント文は、ちょうど仲人の列の真上に付いています。この列は、上から順に、仲人、歩兵、角行、猛豹、銅将と並んでいる点ご注意下さい。コメント文は、次のとおりです。


猛豹博士跡二方也

此本 不審


猛豹博士というのは、猛豹の駒のことを指しています。猛豹の下に「博士」という語句を付けて呼んでいる点も非常に興味深い問題なのですが、本稿とは関係しませんので、この件後日の投稿に回します。博士という語句は、陰陽寮の教官(=博士)との関連で出てきたものと考えています。


跡(あと)というのは、後を意味します。後ろへの動きが2箇所だけになっているという指摘で、そのとおり、この写本の大将棋の猛豹は、ななめ下の左右に朱色の点が付いているものの、真下には点が付いていません。それで、此本は不審だと言っているわけです。猛豹は後ろは3方向に動ける駒ですから。


このコメントを書いたのは、写本を作った水無瀬兼成だったのか、他の人だったのか。それとも、原本にもともと書かれていたコメントだったのか(原本も写本であることにご注意を)。ともかくも、その人物は、猛豹の動きを示す朱色の点の付き方がおかしいことに気づいたわけです。このコメント文のすぐ下、猛豹と同じ列に、仲人があります。仲人の周りには4個の点が付いていますが、もちろん、このことも目に入っているでしょう。しかし、何もコメントはありません。つまり、仲人に付いた4点は、それで問題ないというわけです。仲人の動きは、その4点(=4方向:前後左右)でOKということではないでしょうか。


2)象棊纂圖部類抄/象戯圖の中将棋の後の注釈

この点については、すでに投稿116)にて説明しています。中将棋の後のこの注釈は、中将棋のことを全部説明しようとしたのではなく、特に注意すべき点だけを書いたものです。そこに、仲人に関する次のような記述があります。この部分の写真は、投稿120)を参照下さい。


不行傍立聖目内 

或説云居喫師子許也 鳳凰仲人等行度如大象戯


仲人は「傍らに行かず」と書いてあります。仲人は、前後に動くだけで横には行かないということですが、では、なぜそんなことをわざわざ取り上げて注釈するのでしょう。中将棋の駒で複雑な動きの駒は他にたくさんありますから、注釈が必要となるのは、むしろそういう駒の方です。しかし、そうでなくて、仲人を取り上げています。仲人は横には行きませんよ、と強調しているのです。


次いで、ある説曰くと続きます。

ある説によれば、

A:仲人を師子で居喰いすることが可能

B:鳳凰、仲人等の動きは、大将棋と同じ

ということです。もちろん、「ある説曰く」というのは、その説が現状の説とは違うということを前提にしています。つまり、ある説では、中将棋と大将棋の仲人の動きは同じです。しかし、現状、仲人の動きは大将棋と中将棋で違うのです。


では、どう違うのでしょう。この違いを、注釈のところで確認しているわけです。「傍らに行かず」です。大将棋の仲人は横にも動くが、中将棋では、横には動きませんということです。このように、大将棋の仲人は、中将棋とは違って、前後と左右に1目歩く駒です。これは、上記1)と完全に一致しています。


なお、上記Aの居喰い云々の解釈については、本稿では省きました。実は、この点だけでも非常に面白い問題を含んでいます。後日に別投稿します。


本稿、長くなりすぎました。ここで、一旦切って、続きを、その2とします。