2020年

9月

07日

289)摩訶大将棋起源説反駁8:八方桂の起源は銅将と盲虎

 

(準備中です)

 

反駁論文への返答を兼ねつつ、将棋史のシナリオを順次紹介している。ここまで書いてきた投稿とこれからの投稿を含め、摩訶大将棋の復刻と関連する主要な成果は、次のとおりである。導かれる多くの結論が互いに相補的な関係性を持って成立しているため、全部のシナリオと仮説は正しいものと考えている。

 

1)摩訶大将棋が将棋の起源である。将棋が順次小型化することで、現代将棋と類似する平安将棋ができた。

 

2)大型将棋は中国からの伝来であるが、現在の中国象棋は、逆に、平安大将棋からの派生である可能性が十分にあり得る。象棋のルールの由来を、大型将棋のルールから説明可能であることがこの現れである。また、チェスのナイトやクイーンの動きが、10世紀以前では立証できていないことから、将棋は象棋だけでなくチェスにも影響を及ぼしているかも知れない。

 

3)第一次平安京の存在を、平安京と大型将棋の間の呪術的関連性から説明することができる。この結果からは、平安京の設計が、天円地方の思想に対しては、中国や日本のどの都城よりも厳密だったことがうかがえる。摩訶大将棋の駒や盤の出土に基づく一連のシナリオの検証はむずかしいものの、第一次平安京の考古学的知見が、将棋史に関する一連のシナリオの検証となることを期待したい

 

(前稿が終われば書き進めます)

 

2020年

9月

04日

288)摩訶大将棋起源説反駁7:考古学と天文学と将棋

図1.第一次平安京の北西部分と第一次平安宮.上が南である.
図1.第一次平安京の北西部分と第一次平安宮.上が南である.

将棋史の解明にとって平安京は最大のキーポイントである。平安時代には摩訶大将棋の文献はなく、摩訶大将棋の駒の出土もない。しかし、摩訶大将棋の将棋盤は、平安京そのものとして残されていて、それが将棋の本質、つまり、将棋の呪術性を示してくれるのである。

 

摩訶大将棋の駒の名称と動きに注目すると、駒を五行、陰陽、十二支に分類した上で、六十干支の表をきちんと構成することができる。また、将棋盤については、条坊の1保=盤の1マスと見ることで、平安京と将棋盤は完全に一致する。駒が示す陰陽五行思想という呪術性に対して、では、将棋盤は何が呪術なのか。それは、平安京の条坊そのものが呪術性に由来するというのが答えである。平安京の条坊が、ある種の呪術に基づいて設計されていることを、以下で示したい。この呪術性は、平安京から将棋盤に転写されている。

 

さて、反駁論文では、駒の陰陽五行思想においても、平安京と盤との一致においても、かなり些細な部分を取り上げて、反論を展開する。たとえば、走り駒は12枚でなく14枚あるとか、十二支が全部揃っていないとかの観点でコメントがなされる。十二支が存在するからこその六十干支であり、様々なグルーピングのもとで12種のグループがいくつか現れればそれで問題はないであろう。平安京についても、盤との対応が、摩訶大将棋と大大将棋で、対応する向きが違う点(一方は東西、一方は南北)を疑問視する。一致していることこそがまず重要なのである。

 

復刻本に対しての、もし納得のいく反駁があるとすれば、平安京と盤とがきれいに対応したとしても、それに何か重要な点があるのか、という反論であろう。この点については、復刻本の発刊(2019年3月)以降の成果であるため、復刻本には書かれていない。しかし、きれいに一致するということは、単なる偶然というよりも、その裏には何か明確な事情があると考えた方が自然である。だから、駒に陰陽五行十二支が組み込まれ、さらに、盤がともかく平安京の条坊と一致したという時点で、将棋=呪術と思い込んでもいいぐらいなのである。駒に出現している陰陽五行思想の可能性を提示しているにも関わらず、反駁論文では、将棋の呪術性については一切の思慮がなされていない。

 

こういう状況のもと、我々の研究は、いったん将棋を離れて、平安京の文献学と考古学の情報収集に向かった。その結果、平安京の設計には、これまで考えられてきた以上に呪術との関係が深く現れていることがわかった次第である。以下、その概略を示す。

 

(いま書いているところです。。。)

 

続きを読む

2020年

9月

02日

287)摩訶大将棋起源説反駁6:チェスのナイトの動きと桂馬

図1.3つの桂馬(昔の桂馬、今の桂馬、象棋の馬)
図1.3つの桂馬(昔の桂馬、今の桂馬、象棋の馬)

摩訶大将棋の桂馬の動きは、右図の桂馬1である。●が動きの着地点を表し、その途中飛び越えていく○の位置に敵駒があれば、その駒を取ることができる(この機能は踊りと呼ばれる)。なお、平安時代の大型将棋では、駒を越す駒はすべて踊り駒である。

 

一方、今の桂馬の動きは、桂馬2であり、すぐ前に駒がいてもその駒を飛び越して進むことができる。ところで、中国象棋の馬の動きは、今の桂馬の動き(桂馬2)を左右と後方に拡張したものであるが(いわゆる八方桂)、桂馬2と象棋の馬の違いは、動きの違いだけではないことに注意されたい。象棋の馬の動き方の起源は「踊り」であった可能性が高い。つまり、馬は前後左右に駒がある場合、その方向には、桂馬飛びはできないというルールがある。これは、馬の動きが踊り(=動きを2回くり返すこと)の動きだからなのである(この件については、別稿)

 

さて、本題に入る。反駁論文では、摩訶大将棋の復刻で得られた桂馬の動きについて、次のように書いている。「平安将棋から現行将棋、はてはチャトランガ、象棋などに桂馬相当駒が存在する「桂馬」の動きの評価が短絡的にすぎるように感じられる。」

 

読者の多くは、上の記述に対しては、さほど気を止めないものと思われるが、実は、大きな仮説が含まれている。その一方で、摩訶大将棋の桂馬の動きは、古典籍に記載どおりの動きを採用しているだけであり、仮説の方が間違っている可能性が高い。その仮説は次のとおりである。

 

続きを読む

2020年

8月

30日

286)摩訶大将棋起源説反駁5:大型将棋の根底にある思想

将棋の対局で神意を聞くイメージ図(妹尾達彦氏による 「宇宙の都」を原図として、高見が作図)
将棋の対局で神意を聞くイメージ図(妹尾達彦氏による 「宇宙の都」を原図として、高見が作図)

大型将棋の根底にある思想は、仏教思想ではありません。摩訶大将棋起源説反駁の論文に対して、どこか1点、大きく反論するとすれば、次の箇所になるでしょう。最終章:まとめの箇所の第2段落の最後の部分です。次のように書かれています。

 

「・・・もちろん摩訶大将棋創作時に陰陽五行思想は日本文化に取り入れられていたのだからそれが、直接的、間接的に利用はされたものの、仏教思想の影響をより強く考慮すべきであろう。」

 

原初の将棋が、仏教思想の影響をほとんど受けていないことは、駒の種類、将棋盤、将棋のルールから明解に説明することができます。一方、原初の将棋に仏教思想が現れていることの説明は、非常に無理がありそうに思われます。

 

 

続きを読む

2020年

8月

29日

285)摩訶大将棋起源説反駁4:第一次平安京と将棋盤

右の図は、第一次平安京(瀧浪先生の説とは少しだけ違うのですが)を北の方から眺めたときの図です(上が南)。まだ学会発表していませんので、初出となります。摩訶大将棋の将棋盤と思って下さい。

 

さて、反駁論文には「文献史学,考古学の研究成果からすれば、平安宮の拡張説はおろか、平安京の拡張説は成立しがたいものである。」と書かれています。しかし、この記述は仕方のないところかも知れません。これまでの文献史学と考古学の成果から考えれば、第一次平安京は成立しないという可能性もあるのですが、結論から言いますと、文献史学と考古学から導かれた結論の方が、実は間違っていたという可能性が大きいと考えます。秋の学会発表でこの件ははっきりとするでしょう。

 

続きを読む

2020年

8月

26日

284)摩訶大将棋起源説反駁3:遊戯史の観点から

平安大将棋(通説)
平安大将棋(通説)

右図は、論文や単行本によく引用される平安大将棋の初期配置と将棋盤です。この図は、論文や単行本に普通に取り上げられているわけですが、古典籍に記載された情報ではありません。つまり、皆さん、こう「思っている」だけです。前稿283で取り上げた将棋の中国伝来説とよく似た例として補足したわけですが、将棋史関連の論文にはこうした傾向が強くあります。要注意です。すべて原論文にあたり、それが論理的・実証的かを確認すべきでしょう(これは、将棋史だけでなく、チェスの欧文論文もそうです。象棋の論文はさらにひどいですので、ご注意のほど)。

 

本稿では、右の平安大将棋の図がどの程度いいかげんに扱われているかを説明しようと思います(:= つまり、二中歴がいかにいいかげんに読まれているかということを)。このいいかげんさは、結局のところ、将棋史の研究者や愛好家の皆さんが、平安大将棋をほとんど重要視していないことの現れだと言ってよいでしょう。

 

ところが、将棋史の解明には、この平安大将棋が非常に重要な役割を持ちます。もし平安大将棋が二中歴に記載されていなかったとしたら、将棋史の解明は無理だったかも知れません。以下に、この件の詳細を書きます(ある程度詳細に、ですが)。

 

続きを読む

2020年

8月

24日

283)摩訶大将棋起源説反駁2:定説か通説か

投稿282:摩訶大将棋起源説反駁の続き。定説ということについてのコメントを書きます。

 

これまでの将棋史の論文には、定説は存在しないと言っていいでしょう。ただし、「通説」というのはあります。検証されていないものの、多くの人がたぶんそうではないかと思っている、そういう説が通説です。たとえば、1)大型将棋は小さい将棋から徐々に駒数が増えてできあがった将棋である、2)将棋は中国から伝来してきた、3)大型将棋は、実際には指されなかっただろう、といったような説が通説です。これらの説にはほぼ根拠がなく、したがって、定説ではありません。

 

摩訶大将棋起源説に対する反駁に返答する前に、本ブログでは、まず、通説として広まっている将棋史に関するいろいろな説が、論理的でも客観的でもなく、ほぼ思い込みだけに基づいていることを書かねばなりません。本稿では、以下で、この具体例を示します。

 

ただし、将棋史の知見は、ひとまずは、各々の研究者、愛好家の思い込みだけで積み重なっていたとしてもいいだろうと思っています。全く問題ないでしょう(少なくとも、各個人の中では、論理的なはず)。重要なことは、その次の段階で、そうした思い込みの結論をいくつも積み重ねたときに、一貫した将棋史のシナリオになっているかどうかでしょう。通説は、どれも別個な思い込みの結果であるために、相互の説明は全くついていません。

 

続きを読む

2020年

8月

22日

282)摩訶大将棋起源説反駁

という論文が公開されました。ありがとうございます!!!読み応えのあるいい論文でした。ためになりました。『「摩訶大将棋起源説反駁」に対する返答』みたいなタイトルで私の方からも今年中に投稿しようと思いますが、その発刊はほぼ1年後になりますので、ひとまず本ブログにてその概要を投稿しておきます。

 

2020/08/23記

そのまま原稿になるようにと思ってましたが、やはり時間がかかります。ざっくばらんに、ブログ的に、「摩訶大将棋起源説反駁」に対する返答の文章を挙げていくことにします。論点については、順不同ですが、実は、20ページの反駁論文にあるほぼすべての論点に説明を入れて、いいえ、そういうことではないのですが、、、と書かなければなりません。

 

本稿では、まず、著者の最終的な結論に対して、コメントを入れてみます。論文の最終節(まとめ:長さ1ページ半)の冒頭の文章は、「新たに提出された摩訶大将棋起源説について、定説を墨守する立場から批判的に検討した。」最後の文章は、「上記の検討結果からは、平安小将棋から各種大型将棋が誕生したという定説を変更する必要はない」となっています。

 

さて、将棋の起源についての定説は、現状では存在しないと考えるべきでしょう。それは、従来の説には、どの説も、きちんとした根拠が伴っていないというのが理由のひとつになります(これについては、後のリンクから詳細を読んで下さい)。が、それよりももっと決定的な理由は、従来の説では、将棋を単に「遊戯」として捉えているだけという点が大きいです。実は、日本古代の将棋は呪術です。この点を抜きにした考察からは、何も正しい結果を得ることはできません。

 

ですので、摩訶大将棋起源説への反駁に対しては、将棋が呪術であるという点の立証も含めて説明すべきでしょうが、できれば、その話しを抜きにして、文献学や史実だけで、大方の支持を得ることができたらと考えています。それは、摩訶大将棋起源説を示す事象が多数あるからです。将棋=呪術の件を抜きにしても、摩訶大将棋起源説は納得してもらえるだろうと見通しています(きちんと上手に説明することができるかどうかだけです)。

 

ところで、摩訶大将棋起源説の研究過程からは、将棋史以外にも、いくつかの成果が出ています。その最大の成果は、瀧浪先生が提唱された第一次平安京の立証です(なお、瀧浪先生の当初説からは多少の変更が入ります)。現状、第一次平安京の存在は、関連学会では、否定的に捉えられていますが、そうではない説を秋に学会発表する予定です。この説は、9世紀における摩訶大将棋の存在を前提とした方がより強力になります。ただし、摩訶大将棋を持ち出すことなく、文献だけからも説は成立しますので、逆に、第一次平安京の存在が摩訶大将棋の9世紀での存在を示すことになるでしょう。

 

(長くなりそうですので、続きは以下のリンクをクリックして下さい)

 

続きを読む

2020年

2月

26日

281)玉金銀銅香とならぶ小将棋の存在:色葉字類抄から

平安将棋と中国象棋、この2方向への分岐を議論する際、問題となるのは平安将棋の初期配置である。二中歴に記載されている平安将棋の初期配置は本当に確かなのだろうか。本稿では、議論の前提として、別の「平安将棋」が存在したという考え方をとる。

 

そう考える理由は、二巻本色葉字類抄の記載内容である。二巻本色葉字類抄が示す平安将棋その2を下図に示した。玉金銀銅香という並びである。二巻本色葉字類抄は12世紀半ばの成立で、二中歴よりも早い。むしろ、平安将棋その1というべきなのかも知れない。玉金銀銅香だとする理由は以下のとおり。

 

続きを読む 0 コメント

2020年

2月

25日

280)大型将棋呪術説:31はマジックナンバー

投稿279)では、中国象棋が平安大将棋から作られたと書いたが、そんなこと、あるはずがないと思った人も多いのではないだろうか。そこで、下の図を見ていただきたい。摩訶大将棋を起源の将棋として、各種将棋がどのような順序で作られたかを示す図である。31枚という単位で駒が取り除かれていることは、投稿244)ですでに述べたが(*注)、ここでは、平安大将棋から平安将棋と中国象棋への分岐に注目されたい(本稿が初出)。

 

13種34枚の平安大将棋が、6種18枚の平安将棋と7種16枚の中国象棋に分割されたと見ることができる。

 13種=6種+7種  34枚=18枚+16枚。つまり、

 平安大将棋=平安将棋+中国象棋

という等式が成立するのである。このことをもってして、平安大将棋から中国象棋ができたという根拠にするわけではないが、そういう可能性もあるかも知れないと思わせる数字ではあろう。

続きを読む 0 コメント

2020年

2月

24日

279)平安大将棋から中国象棋が作られたという説について

将棋は中国から伝来したというのが通説であるが、将棋の陰陽五行説(=摩訶大将棋起源説)からは、意外なことに、将棋は中国へ伝わったということがわかる。伝来の方向は逆向きだったのである。

 

中国語、アラビア語の文献がまだ完全に調べ切れていないが、日本の古典籍からだけでも、標題の説は成立すると思う。本来は、この概要を3月に学会発表予定だったのが、今年はその研究会が中止となっている。それで、本ブログにてゆっくり公開していくことにした。すぐ結論まで進むのは無理なので、10回分ぐらいになるかも知れないが、おつきあいのほどを。

 

続きを読む 0 コメント

2020年

1月

03日

278)天子南面:摩訶大将棋の対局の方向

平安時代の摩訶大将棋の対局は東西で向かいあいます。このことは、同じく神事である、盤双六や相撲でも同じでした。その対局を天皇が見て天の声を聞く(易経:聖人南面而聴天下)、これが、呪術としての将棋、その様相のひとつではないかと考えています。

 

当時の古文書にも書かれているとおり、天皇は将棋をせず、見るだけです。摩訶大将棋の世界では将棋盤は平安京、その平安京をおそらくは神様が見るように見ていたのだと想像します。天皇の御前で将棋を指したのは、陰陽師か公卿だったでしょう。平家物語では、陰陽師の安倍泰親は、指御子(さすのみこ)と呼ばれたと書かれています。呪術としての将棋を指していたのでしょう。

 

下の写真は、明後日1月5日(日)の摩訶大将棋展2020 winterにて展示する摩訶大将棋です。まだプロトタイプで将棋盤もできていませんが、駒には霊木の白檀と黒檀を使っています。呪術しての将棋の実物を是非ご覧下さいませ。

https://www.grandfront-osaka.jp/event/943/

 

当然ですが、遊戯が呪術として成立するためには、その遊戯が十分にアミューズメントである必要があったでしょう。この点もご確認のほど。簡単ではありませんが、摩訶大将棋はかなり面白いボードゲームです。はじめの5回ぐらいはすぐ負けてもいいのではないでしょうか。初心者ですと5分ぐらいで勝負がつきます。長考はなしということでお願いできましたら。。。

 

続きを読む 0 コメント

2020年

1月

01日

277)摩訶大将棋の駒:呪術としての大型将棋

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 

下の写真は白檀の駒です。高さ53mm、幅45mm、厚さ16mmの駒96枚。残り96枚は黒檀で作っています。古代ペルシャのシャトランジの駒は象牙と黒檀、盤双六の駒も象牙と黒檀、摩訶大将棋の駒が敵味方色違いであっても不思議ではありません(榧の駒だった可能性も高いと思いますが)。いぜれにせよ、摩訶大将棋は遊戯であって呪術でもあります。駒には、古来からの霊木が使われていたでしょう。

 

白檀と黒檀の駒は、1月5日(日)の摩訶大将棋展2020 winter(グランフロント大阪)にて展示予定です。駒を動かしたときの感触を是非味わっていただきたく思います。駒がその重みで盤に吸い付くような感じです。呪術の駒。古代においては、文字そのものが呪力をもっていました。

https://www.grandfront-osaka.jp/event/943/

 

続きを読む 0 コメント